春夏秋冬つれづれノートlocal_offerつれづれノート
ジャーナリスト 堀本和博
正月から小正月へ、年神の送迎から改めて平穏、無病息災、五穀豊穣の一年を祈りたい
新年の句に〈去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの〉がある。人口に膾炙(かいしゃ)した高浜虚子の句は、新年を迎える人それぞれの心持ちや世相を映していろいろに解釈できる。文学者の中でも「天地自然の理(ことわり)への思いをうたう」(大岡信氏)という解釈があれば「ただ、一本の棒のように、かくべつの波瀾もない過ぎゆく月日が存在するだけ」で、別に改まったものはなく老いの感慨だ(山本健吉氏)とする見方もある。
正岡子規にはこんな句もある。〈蒲団から首出せば年の明けて居る〉。蕪村は〈いざや寝ん元日は又翌(あす)の事〉と、正月は切り替えの節目と達観する。
さて令和3年の新年、新春である。
虚子の句を世俗的、現実的にとらえれば、昨年も今年も連なっている課題が見えてくる。言うまでもなく、中国・武漢発の新型コロナ禍の克服である。東日本大震災からの復興と新たに加わったコロナ克服の象徴として東京五輪、パラリンピックの成功である。その予祝のように滑り込むように師走から、欧米からのワクチン投与にまでこぎ着けた。少しずつではあるが、世界は去年今年、〈ウィズ・コロナ〉で前に進み始めているのだ。
さてさて日本の1月は初詣などの正月行事や成人式など、風土に合わせた祭りや風習、文化を育んできた。年の初めに、豊穣をもたらす年神が訪れるという古くからの信仰もその一つ。年神や祖霊を迎えるため玄関や神棚に飾った門松や注連縄(しめなわ)など正月飾りは小正月の14日夜か15日朝に、神社などで焚き上げる。どんど焼きや左義長(さぎちょう)行事がそれで、年神を送る、このご神火に当たると1年間を無事に過ごせるというのである。
小正月に小豆粥を食べたりして無病息災を願う習慣なども各地でみられる。一昨年、ユネスコ無形文化遺産に登録された秋田・男鹿半島に伝わる民俗行事「ナマハゲ」も、もともとは小正月の行事だった。元日は厳粛に年神を迎え、これと対照的に小正月は打ち解けた親しみある行事で見送る。不思議に活力あふれる祭りとなるのが小正月である。改めて平穏、無病息災、五穀豊穣の一年となることを祈りたい。