芸術と家庭・・・絵画編(24)local_offer芸術と家庭
家族に寄り添う動物
コットマンの「家族の一員」
イギリスの画家フレデリック・ジョージ・コットマン(1850~1920)の作品に、「家族の一員」と題するユニークな絵画がある。「家族の一員」とは、具体的には窓から顔を出している馬を指している。絵のモデルは、テムズ川沿いの村の宿屋の家族である。この作品は、1880年、フレデリックが30歳のとき制作されたものであるが、現在、リバプールにあるウォーカーアートギャラリーの所蔵となっている。
フレデリックがこの作品を制作した時代、室内の様子を描いた絵画はたくさんあった。しかし、家族全員で食事を楽しんでいるところに、馬が首を出して、一緒に食べようとしているところを描いたインテリアペインティングは、ほとんど例がなかった。
フレデリックは、この作品によって、有名になったが、皮肉にもこれが彼にとって唯一の有名な作品となったのである。彼は、多くの優れた肖像画や風景画を生み出しているにもかかわらず、馬まで加わった「家族の一員」の独創的なアイデアが強い印象を与え過ぎたため、他の作品が霞んでしまったと言えるかもしれない。
画を見ると、宿屋の一家の母親が、馬に食事を与えようとしているが、可愛い娘も手に餌を乗せて、届かない距離から手を差し伸べている。二人の息子は、食事に夢中であり、祖母は大きなパンを抱えて、切り分けている。
絵から伝わってくる雰囲気は、平和そのものであり、繁栄を極めた19世紀末の大英帝国の庶民の家庭風景を表したものとして理解することができる。それにしても、部屋の中に首を出している白馬は堂々としており、まるで、「わたしを忘れないでください」と主張するだけの家族意識を持っているかのようだ。
芸術一家のコットマン家
フレデリック・ジョージ・コットマンは、ノリッチ派[※]に属する画家で、風景画や肖像画を主とする画壇の一員として活躍した。フレデリックは芸術一家に生まれた。父は画家のヘンリー・エドマンド(1802~1871)で、母はマリア・テイラー(1813~1895)といった。父は、画家になる前はノリッチのシルク商人であった。
二人の兄、ヘンリー・エドマンド(父と同名、1844~1914)とトーマス(1847~1925)は、ロンドンで生まれ、後に家族と共にイプスウィッチへ引っ越した。末弟であったフレデリックは、1850年、イプスウィッチで生まれた。
フレデリックの叔父(父の兄)、ジョン・セル・コットマン(1782~1842)は、ノリッチ派の中心人物であり、海洋画、風景画、銅版画家、イラストなど、広い分野で作品を残した人物である。ジョン・セルの息子、ジョン・ジョセフ(1814~1878)とマイルズ・エドマンド(1810~1858)もノリッチ派の画家であった。
フレデリックの一家と叔父の一家が繋がりを持ち、「芸術親族」となっていたため、フレデリックも画家を目指す以外に道がなかったのであろう。彼は、イプスウィッチ芸術学校の校長であるウィリアム・トムソン・グリフィスの子弟として画業を磨くことになる。彼は、油彩画と水彩画の両方を学んだ。生涯にわたり、そのほとんどをロンドンで過ごしたフレデリックだったが、イプスウィッチアートクラブの創設者の一人としても大きな影響を与えた。
人間と一緒に暮らす動物も家族
フレデリックの作品は、リアリスティックで、表現力豊かな色調と光と影などに特徴がある。ノリッチの風景は、彼にインスピレーションを与えることが多く、海岸線や河口、地域の歴史的建造物などが重点的に描かれている。
彼は生涯を通じて素朴なものを好み、庶民の日常生活や郷土の風景を描写することに力を注いだ。水彩画でも油彩画でも、彼の絵は、光と影の見事な演出によって、常に驚くべき深みを示している。
人類の歴史を振り返ると、そこには、つねに人間に寄り添う動物が存在することを知る。馬や牛、犬や猫などがそうであるが、彼らは、人間と一緒に暮らしているうちに、自分たちも人間であるかのように感じるようになり、人間の方でもまた、彼らを家族の一員のように感じるようになるのである。家族とは何か。人間と暮らす動物は家族だと見做されるというのが、フレデリックが「家族の一員」で明らかにした答えであるように思う。
※19世紀初めにイギリスのノリッチ(ノリッジ)で活躍した風景画家のグループ