機関誌「真の家庭」publication

APTF 公式サイト機関誌「真の家庭」人生を豊かにする金言名句(38)

人生を豊かにする金言名句(38)local_offer

ジャーナリスト 岩田 均

積善の家には必ず余慶あり

めったにないことですが、歌舞伎を観賞しました。作家の京極夏彦さんが歌舞伎のために書き下ろした『狐花』という話題作でした。時代設定は江戸。その中に出てくる名セリフでした。続きがあります。「積悪の家には必ず余殃(よおう)有り」と。正反対の内容です。「余殃」とは普段使わない言葉ですが、「先祖の悪事の報いとして子孫に残る災難」(学研『現代新国語辞典 改訂第六版』)のこと。

出典は古代中国の『易経』(五経の一つ)。『大菩薩峠』(中里介山著)という長編時代小説にも出て来る一節だそうです(小学館『故事成語を知る辞典』)。前段の「積善の~」は「善行をつみ重ねた家には、子孫にまでよろこびが起こる」(三省堂『大辞林 第二版』)という意味。こうありたいものです。反対に「積悪の~」となってしまうと、必ず災いがあるというのだから怖い話です。人間社会は因果応報だよと、諫(いさ)めているわけですね。

役者が「積悪の~」と独白する場面。悪事を重ねる武士の家を念頭にしながら、きっと余殃があると言い切ります。これを聴いている観客はきっと、”そうだ、そうだ!””悪い奴は必ず罰せられるんだ!”と心の中で応援しているのでしょう。歌舞伎の出し物は多くが時代もので、善悪がはっきりしていたり、人情に訴えたりと、立場が分かりやすくなっています。ですから、感情移入がしやすいと言えます。

例えば、もし現実生活の中で誰かに向かって「積悪の~」と使ったら、とんでもないことになるでしょう。今日的には、「パワハラだ」とか「モラハラだ」などと言われて非難の渦に飲み込まれてしまうかもしれません。ただ、日本では儒教や仏教の精神がしみ込んでいるので、言わんとするところを心情的に受け入れる土壌があるのも事実でしょう。

日本古来の演劇である歌舞伎をはじめ、能・狂言、人形浄瑠璃など、そのセリフや仕草は見るものの心に迫ってきます。日本に住んで生きているということは、知らず知らずのうちに独特の情感を自分の中につくり出しているのですね。