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誌上講演会

大塚克己

「家庭の価値」その3

真の愛の六番目の条件は、限りなく真の愛が愛であるためには、犠牲が伴うということです。簡単な話です。リンゴ100個をもっている人が、リンゴをもっていない人に3個あげるのと、5個しかもっていない人が3個あげるのと、どちらの愛が重たいかということです。もちろん同じ3個ですが、100個もっている人が「はいよ」とあげる3個と、5個しかない人があげる3個では、意味合いと価値が違います。その犠牲というものは、数字に表されるものではなく、与える人間の心の負担の問題、心の中の問題です。常に犠牲が伴わなければならない、ということです。

赤ちゃんが生まれてお母さんが子供を育てると、生まれたばかりのときは2時間に一度はお乳をあげなければなりません。お乳が出るときはよいですが、出ないときはたいへんです。お母さんは不眠症になります。産むのもたいへんでしたけれど、産んでからもまたたいへんです。そのようにして子供を育てるのです。おしめを換えてあげ、お風呂に入れてあげ、お乳を与え、夜も眠らずに育て、やっと育ったと思ったら、だんだん生意気な口を利くようになって、「どうして産んだのよ」と言ったりします。そうなりやすいのです。

しかし、それではいけません。そういう子供たちには、こう言いたいです。

「親におしめを換えていただいたのだから、あなた方のお父さんお母さんが歳をとったら、今度はあなた方がお父さんお母さんのおしめを取り換えてあげなさい」

こういう結論になるのです。やっていただいたのだから、やって差し上げるべきでしょう。

女性がお嫁に行けば、自分の夫のご両親のおしめを換えてあげるのです。自分の両親ではないのに、おしめを換えてあげることになります。血がつながっていない人たちにも、自分の両親にするのと同じようにするべきでしょう。そのことによって女性の愛が、より真のものになり、より深くなり、より強くなり、より大きく育っていくのです。

「自分がしてもらったのだから、同じようにしてあげるのは当たり前のことではないか」と、当会の創設者であられる文鮮明先生はおっしゃっています。愛というものは、どこかで何らかの犠牲を伴うものなのです。

なぜ、最近の日本では子供たちが増えないのでしょうか。なぜ少子化が進んでいるのでしょうか。実は、理由は簡単なことなのです。現代の若い夫婦は、子供のためにお金も時間も費やしたくないのです。自分たちが楽しみたいのです。

確かに、子供がいないほうが間違いなく楽です。どこかに遊びに行くときなどは、特にそうです。しかし、そのことによる楽しみと、子供を育てることによる楽しみ、素晴らしさというものは、本来、比較できるものではないでしょう。

このように、少子化の理由は簡単なのです。どんなに行政がお金を出して、さまざまな援助をしたとしても、一つの手助け程度にしかなりません。フランスや北欧は、皆そのようにしたのです。確かに子供は一時期、増えました。しかし、増えたのは婚外子なのです。対策した意味がないのです。

子供たちに対して、家庭の大切さ、親になることの素晴らしさ、結婚の素晴らしさなどを伝える教育が、完全に消えてしまったのです。戦後60年間、そのような教育を捨ててきてしまいました。最大のものを捨ててきたと思います。教師を単なる労働者にしてしまったのです。

授業の中で「道徳の時間」は、かき消えてしまいました。先生も、道徳の時間に何を教えたらよいのか、よく分かっていません。わたしたち親も、子供を学校に送りながら、「先生は大丈夫か?」と心配をしなければならない時代になってしまいました。学校の先生が子供たちに手を付けるといった、さまざまな犯罪が起きているではないですか。戦後60年を経過する中において、日本は大切なものを失ってしまったのです。

わたしたちは、ジェンダーフリーや日教組の歪んだ左翼的な教育には反対してきました。日本の子供たちをダメにすると思ってきたからです。教師の連盟が、神様や真の愛というものを否定する共産主義によって動かされてきたということは、まことに残念です。

しかも、日本が60年間そのような経験をしてきたのにもかかわらず、お隣の韓国で日教組と同じような組織がつくられようとしています。「いよいよ次は韓国の番なのか…」と危惧しています。韓国に残った、美しい上下関係、家庭を中心として一族全体がまとまっていくという人間関係が、大きく崩れ始めているのです。

すべてがアメリカ文化の影響です。すなわち、イエス・キリストがお独りでおられたがゆえに、夫婦の問題、家庭の問題を説明できないキリスト教文明の影響なのです。大きな文明の流れの中で、そのようになってしまったのは、ある面いたしかたのないことではあります。しかし、わたしたちは真の愛を中心として、良きものをこの地に残していかなければなりません。

真の愛の条件を、もう一度繰り返します。

第一は、「与える」ということです。

第二は、「与えて忘れる」ということです。与えることよりも、忘れることのほうが難しいのです。

第三は、「相手が自分以上になることを願う」ということです。このことが最も典型的に現れるのが、親の愛です。

第四は、「より全体、より大きなもの、より公的なものを、自然に優先するようになること」です。

第五は、「時間、空間を超えること」です。ご先祖様を大切にするようになり、子孫のことを想うようになるのです。

若い女性たちがダイエットをして格好良く生きたい気持ちは分かります。しかし、若い女性たちはよく覚えておくべきです。「あなたは次の世代の子供を産む身体なのだ」ということを…。次の世代に命をバトンタッチする役割を担っているのが若い女性たちなのです。ですから、自分自身をきれいに見せる以上に、次の世代のことを考えたら健康を維持することのほうが重要です。細身の美しさよりも、健康的な中太りのほうが美しいのです。

若い女性たちには、もうひとこと言いたい。お母さんを見てみなさい。健康を守るために、どれほど一生懸命にがんばってきたか…。その道を、娘も行かなければなりません。健康を守ることに関心をもたなければならないのに、ダイエットに走ってしまうのです。

テレビでは、しばしばダイエットのことを放送していますね。納豆がダイエットに良いかどうかということで、テレビ局の社長が辞任する騒ぎまで起きました。わたしは、納豆がダイエットに良いかどうかは分かりません。ただし、納豆が健康を守ってくれることは事実だと思います。わたし自身は、牛乳をいっさい飲まないで今日まで過ごしてきました。その代わり、物心ついたときから、毎日納豆を食べてきました。朝、新潟の山奥で雪が降ったとしても、隣の納豆屋さんまで行ってきて食べるのが、わたしの日課でした。わたしの肉体の半分以上は、納豆です(笑)。納豆が健康に良いことは事実でしょう。もちろん納豆だけではダメで、いろいろなものが必要ですが…。

若い女性が自分の子孫のことを考えれば、間違いなく自分の健康維持をしっかりとするようになります。そのような教育が必要だということです。

このように考えると、時間と空間を超えて、先祖や子孫のことを考えるべきです。ご先祖様を大切にするべきです。連綿として自分の家系が存在できたことは、たいへんなことです。途絶えている血統もたくさんあるではないですか。しかし、自分がここにいるということは、何百年、何千年も前から今日に至るまで、命がリレーされてきたということです。そのバトンタッチされた命を、自分の代で終わらせてはなりません。反対に、より一層素晴らしく健康的な家系、血統として、子孫に伝授していかなければならない責任が、現代の若者にはあるのです。 (次号へ続く)