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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

いまの季節に読み返したくなる賢治「風の又三郎」

  • どっどど どどうど どどうど どどう、
  • 青いくるみも吹きとばせ
  • すっぱいかりんもふきとばせ
  • どっどど どどうど どどうど どどう

2学期が始まる9月1日は、立春から数えて210日目。「二百十日」はちょうど稲の開花期で、野分(=台風)の時期にあたるから、農家では厄日として警戒してきた。それに、昔から秋(9月)の台風は大型になりやすいと言われてきたから、なおさらである。このごろは「防災の日」の方が知られ、農家だけでなく都会でも災害への備えを忘れないよう啓蒙する日でもある。

宮沢賢治の「風の又三郎」は、この新学期の初日に谷川の岸にある小さな小学校に転校してきた三郎が行く先々で風を巻き起こす。1年生から6年生までが1クラスの複式学級で、一緒に遊んだ級友たちの心に「二百十日で来たのだな。」「風の神の子っ子だぞ。」「やっぱりあいづは風の又三郎だったな。」という思い出と口ずさんだ冒頭の風の歌を残して、台風が来た翌日にまた転校して去っていった12日間の物語である。

「新編 風の又三郎」(新潮文庫)で、久しぶりに改めて読んでみると、遠い少年の日に山や野原や川原を駆け回って暗くなるのも忘れて遊んだ、少し危ない目にも遭ってきて胸を撫で下ろす、昨日のことのような感触が熱く蘇ってくる。今の季節に読み返したくなる本の一つである。

ちなみに、賢治の命日は秋分の日の2日前の21日。このころになると忘れることなく、あちこちに真っ赤な花を咲かせるのが彼岸花である。曼珠沙華、火焔花、シニバナなど、その数900と言われるほど、いろいろな名前で呼ばれている。

その赤色は、前号で紹介した少しピンクがかった百日紅とは別で、太陽のように燃える真っ赤。前衛的な花の形は宝冠のそれで、9月を彩る。

曼珠沙華一むら燃えて秋陽つよしそこ過ぎてゐるしづかなる径=木下利玄