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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

紅葉の秋は命の営みに一つの区切りを象徴

葛の花 踏みしだかれて、 色あたらし。この山道を行きし人あり(釈 迢空)

春は桜、秋は紅葉。桜に象徴されるように、春の花は瑞々しく明るく浮き立つような華やぎと成長のノリシロがあって、先行きに希望を抱かせる。

対する秋は実りの秋。花は、桔梗の青紫、真っ赤に燃える彼岸花と色は鮮やかな原色なのに、乾いて涼やかな感じでどこか陰りがあって寂しげ。代わって目を奪われるのが、山全体をキャンバスに命の燃焼を華々しく色付けしたカツラや紅葉などの黄(紅)葉である。

だが、黄(紅)葉であれ果実であれ花であれ、春に始まった命の営みが大いに盛った夏のあとのひとつの区切り、あるいは終わりの季節を迎えたことを告げていることに変わりはない。

10月は、1年の中では最も過ごしやすい月の一つであり、読書にもほどよい月で、いろいろなことに思いが飛ぶ。

旅が命懸けだった今から320年前、46歳の芭蕉は隅田川東岸(深川)の草庵をたたみ、未知の奥州・北陸路に旅立った。「奥の細道」の旅で門人の河合曽良を伴って江戸を出発したのが陰暦の3月27日(今の5月16日)、この時に詠んだのが「行く春や鳥啼魚の目は泪」である。

日光、白河から松島、平泉、山寺とめぐり、日本海沿いを象潟(きさがた)、酒田、新潟、金沢、敦賀(つるが)と下って、終着地・大垣(岐阜県)まで、140日余、約2400キロを踏破した旅であった。

「奥の細道」に出てくる芭蕉の句は50句だが、「五月雨をあつめて早し最上川」や「夏草や兵どもが夢の跡」などはよく知られる。大垣に着いたのは、ちょうど今ごろの10月4日で「蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ」と詠んだ。江戸出発の際に詠んだ「行春」と終着の「行秋」が対になり、旅に一つの区切りをつけている。

今の大垣市の東隣は岐阜市。別の折に、清流長良川に繰り広げる一夜の幽玄の世界を芭蕉は「おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな」と詠んでいる。その鵜飼も今月15日で今年の幕を下ろす。