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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

とてつもない日本、とてつもない可能性

サブプライムローン破綻によるアメリカ発の金融危機ハリケーンに世界中の屋台が大揺れしている。EUはもとよりロシアも中国も東南アジアも株価が大暴落し、景気と経済の先行きに大きな不安を与えている。比較的被害が少ないとされてきた日本も例外でなく、株価暴落と円高のダブルパンチに適切な対応をとれないでいる。

年末に向かって先行き厳しく、つい心も沈みがちになる中で、明るく大いに元気づけられたのが今回の日本人4人のノーベル賞受賞だ。2002年の小柴昌俊氏(物理学賞)、田中耕一氏(化学賞)のダブル受賞から6年ぶりに今年、物理学賞に南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授、小林誠・高エネルギー加速器研究機構名誉教授、益川敏英・京都産業大教授の3氏と化学賞に下村脩・米ボストン大名誉教授が栄誉に輝いた。

受賞理由は3氏が、物質の元となる素粒子物理学の発展に大きく貢献したこと、下村氏は1960年代初めにオワンクラゲからの「緑色蛍光たんぱく質(GFP)」発見に対してである。

実は小欄は、'02年のダブル受賞が分かる前の7月号で、“幽霊粒子”と言われた素粒子の一種ニュートリノの研究で小柴氏とその弟子の戸塚洋二氏(今年死去)、梶田隆章氏の3氏をリストアップ。「3人の誰かが、あるいはともにノーベル賞受賞となっても少しも不思議ではない」と書き、3年連続受賞への期待をこめた。結果は小柴氏受賞が的中し、加えて2000年白川英樹氏、'01年野依良治氏に続きノーマークだった田中氏が受賞し、化学賞の3年連続受賞となった。

そこで、調子に乗って小欄10月号では4年連続受賞への期待のラッパを吹いたが、こちらは残念ながら叶わなかった。受賞者なしが分かったあとの'03年10月8日に、田中氏は滞在先のカナダからメディアを通して日本の研究者らに、こんな呼びかけをしている。「悲観することは全くありません。(日本の研究者は)創造性を持っていることを自覚し、磨きをかけ、自信を持って進んでいってほしい」と。

田中氏の呼びかけは、受賞者なしでも何やら自信をわき上がらせてくれる。それだけでなく、今回の4人の受賞で、それが言葉だけの空疎な激励ではなかったことを証明した。

日本は先進国にふさわしい科学の底力を持っている。日本の明るい未来を展望した麻生太郎首相の著書名『とてつもない日本』とも重なるが、日本人の理科系研究者の層は今回はノミネートを控えるが結構厚く、とてつもない可能性を秘めているのである。