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父の子育て2

コラムニスト 大森浩一郎

男らしくなろう

就寝前、火の元の始末や戸締まりの確認をするのが私の日課だ。

確認をしながら、いつも心に思うことがある。「戸締まりは万全でも、ガラスを割って賊が強引に押し入り、家族を襲ってきたらどうするか」ということだ。

就寝中を襲われれば、ひとたまりもない。そんな非常事態の中でできることといえば、自分の命が尽きる直前まで身を挺して家族を守ることだけだ。

長女が生まれて以降、このようなことを考えながら戸締まりを続けてきた。生まれたての愛らしい長女を見て、「どんなことがあっても、この子を守るぞ!」と誓ったことを忘れないためである。いざというとき、家族のために命を捧げる決意がなくては、一家の責任者とは言えない。

生身の人間である限り、危機に瀕すれば生存本能が優先的に発動する。就寝中に突然襲われれば、妻子のことなどすっかり忘れ、自分だけ逃げてしまうかもしれない。そんな醜態を家族に見せないよう、いつも「家族を守るために死んでも構わない」と決意しておかなければならない。

もちろん、心配ばかりするのは精神衛生上、好ましくない。しかし、平和になったわが国では何事においても危機感がなくなり、「家族を守る」という父親の基本的な意識さえも希薄になっている。

そのような「男らしくない男」が、職場の悩みを家庭に持ち込む。上司や部下の悪口を妻子に話す。それではいけない。子供たちは、そんな格好の悪い父親など尊敬しない。

子供があこがれるのは、強くて、厳しくて、優しくて、格好が良い正義の味方、スーパーマンみたいな父親である。何も武道家や格闘家になれというのではない。心がスーパーマンになればいいのだ。

私にとって火の元や戸締まり確認の日課は、弱い心に喝を入れ、妻子のために命を捧げる決意を固める”儀式”なのだ。

こういった”儀式”を続けているうちに、独身時代にはつらかったことが何とも感じなくなった。例えば、毎朝早く出勤することはつらくない。徹夜の仕事もつらくない。仕事上のトラブル解決のために奔走することもあるが、やはりつらくはない。むしろ、家族のために心身を削っている自分が誇らしいとすら感じ、苦労が喜びに変わってきた。人知れず世のために尽くすスーパーマンと、同じような心になってきた。

男は、守るべき家族を持ってこそ一人前になれる。そして、そんな男らしい父親を、家族は誇りに思うのである。