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父の子育て4

コラムニスト 大森浩一郎

人生は芝居のごとし

前回に続き、次男が4歳のときの話だ。

帰宅した私に駆けよってきた次男の手には、保育園の遠足で拾ってきた数個のどんぐりが握られていた。——私は、持っていた鞄を落とし、目を丸くして、尻餅をついた。そして、どんぐりを一つ一つ手に取りながら、叫んだ。

「うおおっ! こ、これはすごい! 虫食い穴が二つもある! 目があるみたいだ。よくこんなのを探したなぁ。お母さんも見てみなさい。すごいなぁ…。うわあっ! こっちは…」

どんぐりと私を交互に見ながら、次男は目を爛々と輝かせていた。—— 幼児教育のポイントは、豊かな情を育むことだ。そのためには、子供に多くの感動を与えるべきである。だから、日常生活の些細なことでも大げさに感動できる演技力が、親には必要なのだ。その姿を見て、子供もつられて感動し、情が耕されていく。情とはそういうものだ。

「人生は芝居のごとし」——明治時代の教育家・福沢諭吉が残した言葉だ。自分がおかれた立場を、常に芝居の「役」としてとらえ、その役を精一杯演じることが大切だと言っている。

父親という立場も、人生の中で割り当てられた一つの役だ。立派に演じようではないか。「演じる」というと、「本当の自分を隠しているようで嫌だ」と感じる人もいるだろう。しかし、その考えは正しくない。

男性であれば、子供が生まれたら自分の思いとは関係なく、「あなたは父親だ」と規定されてしまう。「本当の自分は父親になんてなれない未熟者だ」と思っていても、子供が生まれたら「父親という役」から永遠に逃げられないのである。自分の思いと「役」との間にギャップがあっても、演じざるを得ないのである。

子供を一人前の人間に育ててこそ、父親という役の演技が終わる。「父親の役を演じる」ということは、実は「親の本分を全うする」という、ごく当たり前のことなのだ。

父親が子供と過ごす時間は、母親に比べると圧倒的に少ない。だから父親は、母親以上の名演技を目指さなければならない。そうしないと、子供との心の距離が急速に広がってしまうのだ。