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父の子育て5

コラムニスト 大森浩一郎

父親は一家の太陽

わが家の長男は、姉や弟に比べると病弱である。幼少のころから、喘息、アレルギー性皮膚炎、中耳炎などで、医師のお世話になっている。長男が5歳の春。真夜中に喘息の発作を起こして、入院した。その後、1週間も腕に針を刺され、点滴を受けた。

親として、子供が苦しむ姿を見るのは辛い。しかし、父親が悲しんでいたら、家族全体が暗くなる。だから私は、見舞いにきた当時7歳の姉と3歳の弟に対して、「かわいそうだろう」などとは言わなかった。逆に、「強いだろう。こんなに大きい注射しても、泣かないんだ」と、長男をヒーローにした。姉弟はもとより、本人も「ぼくは強いんだ、みんなを守るんだ」という自信を持ったようだ。

退院祝いにオモチャ屋へ連れて行った。「好きなものを買っていいよ」と言うと、長男は自分のオモチャだけでなく、姉と弟の分も買った。そして、みんなを守るために空手を習うようになった。病弱な子供でも、心がヒーローになれば、行動もそのようになるのだ。

子供の病気の原因には、生活環境など、親が反省すべき点もある。しかし、そればかりにとらわれ、「私が至らないばかりに…」と思い詰めてはいけない。今、病気であることは動かし難い事実だ。変えようがない事実に対して、ああだこうだと考えを巡らせるよりも、その事実を「いかに意義付けるか」ということの方が大切なのだ。

例えば、コップに水が半分入っているとする。これは動かし難い事実だ。この事実を前にして、Aさんは「水が半分しかない…」とがっかりし、Bさんは「まだ水が半分もある!」と喜ぶ。同じ事実を前にしても、AさんよりもBさんの方が明らかに幸福である。

たとえ、事実としては病弱であっても、その子の人生を、明るく、希望的に意義付けてあげれば、本人も周囲の人間も幸せになるのだ。同様に、子供の学力が低くても、スポーツが苦手でも、その事実が問題ではない。どのように意義付けてあげられるか…、それが父親の役目である。

父親は一家の太陽だ。子供たちは、父親から降り注ぐ希望の光を受けて育つのだ。