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父の子育て6

コラムニスト 大森浩一郎

ピンチこそ、悟りのチャンス

病弱だった長男は、小学1年生のときに「真珠腫性中耳炎」という難病にかかった。現代医学をもってしても、この病気の原因は詳しく分かっておらず、治療も手術しかない。

耳の中は、視神経、顔面神経、味覚神経などが通っている。しかも耳の中は狭いので、顕微鏡を使いながら神経を傷つけないように、8時間に及ぶ大手術となった。その後、夏休みの間、ずっと入院生活であった。

医療行為である「手術・入院」も、幼い子供にとっては「傷害・監禁事件」に等しい。楽しみにしていた初めての夏休みに、身体を切られる。手術後はトイレにも行けず、身体に差し込まれた管から排泄物を出す。腕には四六時中、点滴の針が突き刺さる…。大人でさえ音を上げる状況だ。

毎日付き添い、そんなわが子の姿を見る親も辛い。しかも夜中には、本人はもとより周りの患者たちも頻繁にナースコールをする。寝心地の悪い付き添い用の簡易ベッドと相まって寝不足になり、疲れ果てた。

表面的には悲惨な体験だったが、私たち親子にとっては恵みの期間だった。ある悟りを得たからだ。

親身に尽くしてくれた医師や看護師、手術の成功のために祈ってくれた人々、お見舞いに来てくれた人々、私の不在中に仕事を補ってくれた会社の人々…。「人間は一人で生きているのではない」と実感し、「ありがたい」と心の底から思った。

親の思いは、子に伝わる。長男も退院してからは、とにかく姉と弟をいたわった。家事の手伝いも積極的にする。私と妻にマッサージまでしてくれる。幼いながらも、やはり「一人で生きているのではない、ありがたい」と悟ったのだ。5年生になった今でも、長男から他人をいたわる優しい心は失われていない。

「なぜ自分だけが…」と恨んで終わるのと、「ありがたい」と悟るのでは大違いだ。人生は「何を体験したか」が本質ではない。「その体験から何を悟ったか」ということが、最高の宝になるのだ。

今、ピンチに遭遇しているお父さんへ。ピンチこそ、悟りのチャンスだ。お父さんの悟りは、必ず子供に受け継がれる。精進しよう。