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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

テレビなし、冷蔵庫なしの非日常の深山の旅情

武蔵野の畑の片隅で紅梅・白梅の花を楽しませた梅の木が実を付け、大きくなったな、と思っていたら、東京が梅雨入りした。今年は6月10日。昨年より12日遅かったというものの、雑節でいう「入梅」(6月11日)より1日早く、ほぼ暦通りである。

「雑節」というのは二十四節気や五節句といった暦日のほかに、日本の農家の生活の中から自然に生まれてきた民俗行事や年中行事を記したもの。ほかに”茶摘み”の「八十八夜」(今年は5月2日)や酷暑の時期に入ったことを告げる「夏土用入」(同7月19日)、台風襲来の警戒期入りをいう「二百十日」(同9月10日)などがある。

話を梅雨に戻すと、梅雨の期間はおよそ40日間と言われるが、その通りとなれば夏土用入前までが”雨の季節”ということに。今月半ば過ぎまでは、湿気のため黴がはえやすく特に食中毒に注意しなければならず、むしむしとうっとおしい時を過ごすことになる。だが、日本の食生活の柱である美味しいコメの生育にはなくてはならない期間でもあることを思うと、人間の都合だけでものを言うことは控えねばなるまい。

梅雨時に思い出すのは、奇跡的に天候に恵まれた北東北をめぐるツアーのことである。盛岡で新幹線から乗り継いだ団体バスは、午後4時半には宿に着きたいというので東北自動車道を急いだ。青森県弘前市に隣接する黒石市は、リンゴ畑と牧草地など、のどかな田園風景が広がる人口4万人に満たない市だ。

その市街地や田園風景を後にバスはどんどん山の中に入っていく。といっても、まだ八甲田山の麓で、道が狭く険しくなる途中からは宿のマイクロバスに乗り換えて、到着したのは”ランプの宿”で人気を呼ぶ青荷温泉。住所表示は黒石市でも、まさに深山幽谷に分け入った気分満喫である。

津軽弁で、ここまで「よぐ来たねし」。昼間もせせらぎだけが聞こえる渓流沿いの木造本館と3棟の離れに落ち着き、露天と内湯四つの湯巡りを「じったど、ゆっくり」楽しむ以外に何もない。何もないことの非日常を楽しむのだ。

ツアーには早すぎる到着も、電気を使わず、夜はランプだけの明かりになり暗いから、明るいうちに部屋や温泉場の位置を心得ておくためだった。都会の喧騒から遠く離れた秘境の、テレビなし、冷蔵庫なしの静寂の夜の深い眠り。障子越しの朝の光とせせらぎの音、小鳥のさえずりに目覚めて、深呼吸した深山の空気の清々しかったことを思い出すのである。