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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

夏から秋に深紅に燃える鶏頭

「しのは菊屋敷に来てよかったと思った。/朝から夕べまで土いじりをして時を過ごすことが、知らず知らずのうちにしのに心身の健やかさと安寧を取り戻させていた。なによりご飯が美味しく感じられた。」 (佐伯泰英・祥伝社文庫「密命」シリーズ21巻『相剋』)

住まいのある東京郊外の市民農園で、この春から土を耕している。何倍かの市の抽選に家内が応募し当たった、畳二畳ちょっとある長方形の畑である。

よぉーし、日本の国も食料自給率を上げようとしているから、せめてわが家で食べる野菜ぐらいは自給できるようにしよう。家計に少しは足しになるかも、ということもあったが、一番の思いは家内の土への郷愁だった。

東北の田舎に生まれ育った家内は、早くに父親を亡くし、小学生のころから友達が遊んでいるのを横目に母親の野良仕事を手伝う毎日。だから、辛く苦しい思い出しかないらしく、農業は「もういい」と言うのが口癖だった。それが還暦を迎える数年前から、仕事ではなく趣味として野菜作りをしたいとつぶやいていた。

だが、不運なことに種まきの時期に腰を痛めて動けなくなってしまった。そこで、代わったのが東京生まれの娘。休祝日に畑を耕し、種まきに水やり、雑草取りや添え木などをして苗を育て、一か月ほど頑張った。が、隣の区画も前も横も向こうの畑も、手入れをしているのは両親ぐらいのおじさんやおばさんばかり。皆、いい人たちでいろいろ教えてくれるのだが、若い人は誰もやっていない。それで嫌になってしまったらしい。

そのまま放置するわけにもいかず、家内にしりを突っ付かれて私が畑仕事の真似事に乗り出した。だが、野菜など、水をやるぐらいで後は自然に育つもの、と思っていたほどで、まるで無知だった。酸性の畑の中和化が十分でなくてホウレンソウは芽すらも出なかった。小松菜は虫に食われ、なすは生育不良、きゅうりはうどん粉病とかにやられ、と結果は芳しくなかった。何とかわが家の需要をまかなったのは、手のかからない春菊とミニトマトとオクラぐらい。こうなると、スーパーで買ったホウレンソウやなす、キュウリを食べるのも自然と感謝の念がわいてくるものである。

近くの農家の畑では、梅雨時に茎も葉もすべて赤く染めた鶏頭の苗が、大きく育って茎や葉は自然な緑に戻っていた。鶏の鶏冠のような頭部だけは深紅に燃えて秋を告げている。

「鶏頭に秋の日のいろきまりけり」 久保田万太郎。