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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

12月—。一年の埃を落として、来る年に幸あれ、と

時の流れるままに「ただ過ぎに過ぐるもの」と過ぎ行くものを列挙した一段が、日本最古の随筆文学といわれる「枕草子」(清少納言、1001年頃成立)の中にある。帆かけたる舟、人の齢、それに春夏秋冬—などと。

大不況に翻弄されながら精一杯頑張ってきたつもりでも、振り返ってみるとただ流されてきただけのような日々。なお師走の慌ただしさの中に身を置いて、今年も一年が終わろうとしている。

暦(二十四節気)の上での冬は、すでに立冬(今年は11月7日)から入っているが、この頃はまだ小春日和。実際に季節が冬の入りを感じさせるのは12月に入ってからで、冬将軍を迎え平地にも北風が吹きすさぶようになる大雪(12月7日)あたりからである。22日の冬至は一年の中で夜のもっとも長い日で、寒さも厳しくなり身も心も引き締まってくる。一方で、この日から日がのび始めることから、古くはこの日を年のはじめと考え新年としてきたところもある。

冬は寒いので敬遠したい気持ちがあるが、その厳しさが流され行く日々の中で凛とした気概を育ててくれる。また、寒いために一年中でもっとも空気が澄んで清々しいのが12月と1月である。

冬の時候を詠んだ句に〈み仏に美しきかな冬の塵〉(細見 綾子「奈良百句」=昭和13年)がある。み仏は、初の全面解体修理を終えて今年11月1日に行われた落慶法要で10年ぶりに勇姿を現した唐招提寺金堂の本尊盧舎那仏(国宝)の蓮座に積もった塵。空気がきれいだから、うっすらと積もった塵まで〈美しきかな〉と感じられる。各地で、み仏や大仏に積もった一年の塵を払うすす払いの行事が冬の風物詩として伝えられるのも12月である。

もう一つ、山本健吉の「俳句鑑賞歳時記」(角川文庫)は〈水仙にたまる師走の埃かな〉(高井几董の句を採り上げている。冬に水仙は前にもこの欄で取り上げたが、その白い花(花冠は黄色)は清楚で、寒さに負けない強さと凛とした気品とみずみずしさをたたえる。

静かにたたずむ水仙の白に、師走の埃が浮かぶのを見て、師走の慌ただしさを思う。この時節をしっかりとらえている。

12月—。一年の身の錆と埃を落として、来る年に幸あれを祈りたい。