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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

虎にあやかり気持ちを強く持って生きたいもの

今年の干支である虎(寅)は、日本には生息しない異国獣である。インドやインドシナ半島のほかロシア沿海州などアジア大陸に生息するネコ科最大の動物である。加藤清正のトラ退治のエピソードにもあるように、かつては韓(朝鮮)半島にも生息し、20世紀初めにはおよそ10万頭がいたとされる。

ところが、その立派な毛皮や伝統薬に使う骨を得るために行われた密猟や森林の伐採による生息地の縮小で、今日では約4000頭にまで減り、絶滅の危機に直面。世界自然保護基金(WWF)が1970年代から生息国政府に、保護区の設定や狩猟の禁止などを働きかけ、保護活動に乗り出している。

虎は生息しなかったが、日本には古来、虎にまつわるエピソードが少なくない。前述の加藤清正の話や、『宇治拾遺物語』(鎌倉時代の説話集)には、壱岐守宗行の家来が新羅で虎退治する話などが採録されている。一休和尚(室町中期の臨済宗の僧)のとんち話もよく知られている。将軍足利義満から屏風絵の虎退治を命じられると「捕まえるので、そこから出してください」と応じたという話である。十二支の一つである虎は、人々には猛獣として語り継がれ、その強さは悪を懲らしめる力となり、”龍虎”の形容で想像上の天界の存在とも並べられ霊界にも及ぶとみなされてきた。

今では虎を豹などと見間違う人はいない。動物園でも見られ、その映像や絵などでも知ることができるからだが、実物の虎を見る機会など滅多になかった江戸時代の人々にはそうもいかなかった。虎という猛獣がいることは知識として知っていたが、実物と出会ったことは稀だったのである。

そんなことが織りなすエピソードを皇学館大学教授の川添裕氏が、昨年11月に行われた「お菓子も楽しい! 『虎屋・寅年・虎づくし』展」(虎屋文庫、東京・赤坂)の小冊子で紹介している。同展では同氏所蔵の浮世絵『猛虎の正写』(一龍斉芳豊画、万延元年=1860)などが展示されたが、そこに描かれているのは何と豹である。豹も虎のうち、霊験あらたかな神仏同様に、虎の強さを悪を懲らしめる正義と期待したのであろう。

不況続きで迎えた新年。干支の虎にあやかって気持ちを強く持って生きたいものだ。

〈去年今年貫く棒の如きもの〉高浜虚子 〈去年今年闇にかなづる深山川〉飯田蛇笏