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誌上講演会

真の家庭運動推進協議会事務総長 丸岡正策

家庭時代の到来(下)

家庭は天国のモデル

家庭とは、第一に人生の出発点であり終着点、第二にいろいろな心情や愛情を学ぶ愛の学校、そして第三に天国の模型、モデルです。

企業の研究所では、新製品の開発を行う際、そのモデル作りから始めます。理想的なモデルが出来上がると、その量産体制を確立し、生産ラインを稼働させればよいのです。

人類は、争いや貧富の差がなく、人種や宗教、国境の壁がない、天国のような世界を願っています。残念ながら、現実の世界には多くの壁があります。昔に比べると、今は人権も保障されていて、住みよい社会になりました。とりわけ日本は豊かになり、生活環境だけを見ると天国のようです。どこの家にも電化製品がそろっていて、まだ使える製品がごみとして捨てられているのは、発展途上国からは考えられないことです。

私は東南アジア諸国に行ったことがありますが、表通りはきれいでも、少し裏側に入ると、生活の貧しさが見えます。北朝鮮や中国やベトナム、タイなどには、日本では想像できない貧しい人たちがたくさんいます。

全人類が兄弟姉妹として、一つの家族のように、地球家族として生きるという理想を目指して、歴史は進んできました。しかし、家庭の中にそのモデルが作られなければ、国や世界がそうなるのは難しいのです。私たちの家庭を理想的な天国のモデルにしたい、という思いで取り組んでいく必要があります。

家和して万事成る

古くから「家和して万事成る」と言われています。家庭が平和で一つになれば、すべてのことが成るという教えで、まさにその通りです。

ところが、日本ではその家庭が今一番危機に瀕しています。歴史上初めての危機と言っても過言ではありません。日本は明治維新以降、物質的には非常に豊かになりました。それまでは皮肉なことに鎖国政策により、日本の伝統的な文化、風習、習慣などが守られていました。それが開国によって西洋文明が流入し、科学技術が進展したのはいいのですが、大事な日本古来のよい伝統が軽視され失われつつあります。

例えば、昔はどんな戦乱があり社会が揺れ動こうとも家長の権限が強く、家庭だけはしっかりしていましたが、今は、家庭などなくてもいい、いろいろな家族のあり方があってもいいという考えがまかり通るようになりました。男女が神聖な立場で厳粛に出会うのではなく、できちゃった婚のように、通りすがりのように出会い、また別れていきます。それが当たり前のようになっている風潮はとんでもないことで、これを変えなければいけません。真の家庭運動を国民運動として、大きな渦にしていく必要があります。

家庭教育とは心情教育である

教育問題でも家庭教育が大事で、家庭教育の土台の上に学校教育があるのです。家庭、学校、地域社会の連携が大切で、その中でも一番の土台が家庭です。

家庭教育を一言で言うと心情教育です。心情教育とは親子や兄弟姉妹、夫婦などの緊密な人間関係の中で愛や倫理道徳を学び、育てることです。

私が小さかった頃、ご飯を残したりすると、母は「乃木大将はご飯を残さなかった。落ちた一粒も拾って食べたよ。それをなぜお前は残すのか。もったいない」と言うのです。ですから、今でもご飯は一粒も残さないようにしています。乃木大将とは、日露戦争で活躍した乃木希典将軍のことです。

公務員だった父は、村の寄り合いなどがあると、出されたお茶菓子を食べないで持って帰り、3人の子供にくれました。私たちが親に口答えしたり反抗すると、「お前たちが小さかった頃は」と言ってその話を持ち出すので、途端にしゅんとなったものです。そんなにして私たちを大切に育ててくれたのだという思いは、絶対に消えることがありません。それがとても大事だと思います。

母は「上を見てもきりがない、下を見てもきりがない。普通に今をありがたく思って生きればいいんだ」「人を落とせば穴二つ。絶対、人をだましたり傷つけたりしてはいけない」ともよく言っていました。「三つ子の魂百まで」で、それが今も心に焼きついています。物を大切にし、絶対に父親の悪口を言わなかったのはすごいと思います。父親を立て、子供にも父のことを褒めていました。そんな両親のおかげで、今の私があるのだと思います。

両親がいつも喧嘩していると、子供の心はすさんでしまいます。そんな父母を見て育つと、子供は結婚なんかしたくないと思うのではないでしょうか。「結婚は人生の墓場だ」というおかしな言葉もあります。

子供を健全に育てるには、絶対に夫婦喧嘩をしないことです。言い合いをしていても、子供が来れば何もなかったかのように微笑み合うようにすればいいというのです。難しいことですが、単純なことなのです。

私たち夫婦は、単身赴任や海外での仕事などですれ違いが多く、たまに一緒にいるといろいろ気になることがありました。そこで、私がアドバイスのつもりで妻に話しているのを見て、小学校前の娘に「喧嘩しないで」と言われたことがあります。娘は、私たちが言い争っているように感じたのでしょう。子供はそれほど敏感なので親は注意する必要があります。

家庭は社会の基本となる最小の構成単位であり、それを個人とする個人主義は誤った考えです。男性がどんなに威張ってみても、どんなに才色兼備の女性であっても、一人だと半人前です。夫婦となって初めて一人前なのです。人間はそのように創られているのですから。しかも、家庭が天国のモデルになるには、まず夫婦が一つにならなければなりません。

社会の基礎を個人に置くところから、社会崩壊が始まったのです。個人主義は利己主義となり、勝手気ままに生きる人が増えてきます。それに対して私たちは、これからは家庭の時代だとして、家庭主義を唱えているわけです。

仲睦まじい夫婦の間で育った子供は非行に走らないし、走ったとしても復元力があります。父母に愛された記憶のある子供は、たとえ道を誤っても、元に戻る力があるのです。そんな体験のない子供は、どこかに飛んで行ってしまいます。これが現代社会が抱えている一番の問題で、家庭が貴い宝であることを自覚し、日々の生活を送りたいものです。

寝たきりになった妻に感謝して

私が人生のモットーにしている四つの言葉は、「ありがたい」「申し訳ない」「もったいない」、そして「あきらめない」です。どんな人やどんな出来事に対しても「ありがたい」という感謝の気持ちで応じるようにすると、不平不満は起こりません。

6年半前、妻が寝たきりになった直後は、目の前が真っ暗に、頭の中は真っ白になりましたが、介護生活リズムをつかんで安定してきた今では、むしろありがたいと思っています。妻がいてくれるだけでありがたいのです。下の世話も抵抗がありません。あたかもビッグベイビーなのです。「一緒になれてよかったね」「何十年でも面倒みるから長生きするんだよ」と話し掛けると、顔をくしゃくしゃにして喜びます。妻が健康なときは、そんなことは思いもしませんでした。妻が寝たきりという極限状態の中で様々な心情を通過し、多くの悟りを得ることができました。

いつも「申し訳ない」という思いを持っていると、何事にも謙遜になれます。「謙譲の美徳」という言葉がありますが、謙遜には大きな力があります。

物に対しても、人に対しても「もったいない」と思えば、不平不満どころか感謝しかありません。そして、絶対に「あきらめない」。理想を実現するため、目標に向けてあきらめないことが大切で、忍耐心や不動心にも通じます。

この四つの言葉を合言葉にして、日々の生活の中で自分を律していけば、素晴らしい人生になっていくに違いありません。そういう家庭は周りによい影響を及ぼし、次第に住みよい社会や国、世界が出来上がっていきます。その出発点である家庭を私たち自身から始めることを、お互いに確認したいと思います。