機関誌画像

父の子育て15

コラムニスト 大森浩一郎

お手伝いから学ぶ

仕事をしているお父さんは、いつでも真剣勝負だ。ミスをすれば給料が減らされる。場合によっては解雇されることだってある。そうなれば、たちまち家族が路頭に迷う。

そのお父さんの苦労を学ばせるため、わが家では子供たちに家事を手伝わせ、お小遣いを与えている。幼少のころは家事1回10円であったが、今は20円に値上げしている。手抜きは許さない。約束した家事を成し遂げるまで、私は妥協しない。

このお小遣いのほかに、オモチャやお菓子などは一切買い与えない。今のご時世でこのお小遣いは少ない。しかし子供たちは、一生懸命働いて得たお小遣いに満足し、大切に使っている。

このようなわが家の取り組みを話したとき、「それは良くない、お金目当てにお手伝いをするようになるだけだ」というご意見をいただいたこともある。確かにそのご意見にも一理ある。実際に、買いたい物がある場合は、「お金目当て」でお手伝いの数を増やしていることも見受けられる。しかし私は、この方針を貫いている。

極端にいえば、お小遣いを与えようが与えまいが、お手伝いの方法論はどんなものであっても構わないと思っている。お手伝いを通して、「どんな精神を学ばせるか」という目的が大切なのだ。目的がない方法論(教育)こそ、害悪の元凶である。

長女が小学2年生のとき、妻に質問していた。
 「お母さんは、お料理やお掃除をして、お給料はいくら?」
 「もらっていないわよ」
 「えっ! どうして?」
 「みんなが喜んでくれるだけで嬉しいからよ。こういうのをボランティアって言うのよ」
 「一生懸命働いてお金をもらわないなんて、お父さんよりすごいかも!」
 「お父さんだって、みんなに喜んでもらって嬉しいから、お仕事をしているのよ。お給料は、会社からお父さんへのお礼なの」
 「そっか。お仕事もお手伝いも、ボランティアなんだね」

仕事の本質は、他人のために尽くすことで喜び喜ばれるボランティア精神だ。給料がお父さんの苦労の結晶であることを学んだ子供こそ、仕事の本当の意味を理解できる、と私は思う。