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父の子育て 16

コラムニスト 大森浩一郎

お父さんビデオは、愛情ビデオ

私はビデオ制作の仕事に、20年近く携わっていた。

ビデオ業界には独特な用語が多い。例えば、「わらう」とは「撮影に邪魔な物を片づける」という意味だし、「八百屋にする」とは「被写体を斜めにする」という意味である。

最近よく使われる用語に「お父さんビデオ」というものがある。

ホームビデオは、今やプロ級の機能を備えている。実際にテレビ局のカメラマンがホームビデオを使用して撮影する場合すらある。このようにプロさえ重宝するホームビデオなので、一般家庭への普及率も高い。お父さんたちが子供の入学式、運動会、発表会などでビデオ撮影する姿は、当たり前の光景となった。

プロであれば、被写体を引き立たせる背景や構図を考えながら撮影をする。しかし多くのお父さんたちは、ただひたすらわが子だけを撮影する。つまり「お父さんビデオ」という用語は、「機材は一流だが、構図も何も考えず、がむしゃらに被写体だけを撮影する」という意味であり、カメラマンの腕が悪いときに使う業界用語なのだ。

かく言う私も、わが子を撮影する場合は「お父さんビデオ」になってしまう。それが親心というものだ。

しかし、そのビデオを見る子供たちは、必ずしも撮影された「自分の姿」に喜ぶわけではない。むしろ「自分と親がコミュニケーションをとっているシーン」に喜んでいた。妻が赤ちゃん時代の子供たちをあやしているシーン、私と怪獣ごっこをしているシーンなどに、敏感に反応していた。

つまり、単なる「自分の姿」ではなく、「自分が親から愛される姿」を見て、聴いて、喜びを得ているのだ。子供が大きくなればなるほど、そのビデオは宝になる。私も、もし親がそのようなビデオを残していたら、ぜひ見てみたいと思う。親がどんなに私を愛しているのか、視聴覚で実感できる。

プロのように撮る必要はない。しかし、わが子を単なる被写体としてだけ撮影することは避けたいものだ。自分や妻が子供を愛しているシーンを多く撮るように心掛けよう。「お父さんビデオ」は、「愛情ビデオ」でありたい。