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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

桜からハナミズキ、日米友好の花咲く季節

「一年四季。春になれば花が咲きだす。咲きだす時期が来れば、梅、桃、菜種、連翹(れんぎょう)、こぶし、桜というぐあいで、契約したように次々と開花する。松代女史が現われた翌々日から、忠平家には訪客の時期が来たらしく、続けさまに思わぬ客が現われ始めた。」山本周五郎著『町奉行日記』(新潮文庫)の「わたくしです物語」から。その春たけなわの時を告げ彩る桜の季節は、昔から日本人が心待ちにしてきた。新年は元旦から始まるが、新学期や新年度は4月から始まる。育ち盛りの青少年は卒業・進級して新学期や入学式、入社式に臨んで”フレッシュマン”として新しい道をスタートする。それは長い間、仲間として付き合ってきた学友との惜別の気持ちと、新しい仲間との出会いへの期待とちょっぴり不安な気持ちとが入り交じって交差する季節でもある。

二十四節気の清明(せいめい)は4月5日。この頃に、世の中をパッと明るくする桜の開花は、そんな私たちの心を励まし躍らせてくれる応援歌である。そして、短い期間を精いっぱい華やかに彩ると、今度は未練も残さずにパッと散っていく。その散り際の潔さと命の儚(はかな)さも、昔から「もののあわれ」を感性にもつ日本人の心を捉えて離さなかったのである。

平安時代に在原業平(ありわらのなりひら)は

 世の中に絶たえて桜のなかりせば

 春の心はのどけからまし (古今集)

と歌い、江戸時代の芭蕉は

 さまざまの 事おもひだす 桜かな

と詠んだ。そこで、桜にまつわる物語をひとつ。

海の向こう米国の首都ワシントンのポトマック川沿いでも、春を告げる恒例の桜祭りが始まる。ここの桜は”議会政治の父”尾崎行雄が東京市長時代の明治45年(1912年)に日米友好の木として贈った3000本の苗木が育ったもの。今では尾崎とワシントンの桜の話は美しい話として語られるが、戦前と終戦直後の尾崎一家には逆風が吹いた。戦後の食料難の中で、桜を贈ったことで「日本人の魂を売った国賊」と謂(いわ)れなき非難を浴びて、食料を得るのに大変な苦労をしたという。

桜を贈った年に尾崎の三女として生まれたのが、一昨年11月に96歳で大往生した相馬雪香(ゆきか)さんで、逆境に負けないだけでなくNPO法人「難民を助ける会」を立ち上げ、会長として難民の救援活動に生涯を尽くしてきた。桜のあとは、米国から返礼で贈られたハナミズキが開花する。日米友好の花リレーの季節である。