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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

夏休みに合わせ活字(新聞や本)に親しむ習慣を

皇后陛下の母校であるミッション系の名門女子大学で、41人の学生に新聞講読の有無を聞いたところ、新聞を取っている人はたったの4人、日本がアメリカと戦争をしたことを知っていたのは約半数の21人だった、という月刊誌に出た大学教授の話を枕詞に、作家の曽野綾子さんが「学業優先」の責務について書いている(「小さな親切、大きなお世話」産経新聞5月28日付)。

その中で、曽野さんは新聞を読むということについても、次のように触れている。

「知識階級といわれている人たちの中に、新聞を読まない家庭がある、ということは、私にとっては驚きだった」と。続けて「(新聞を読まない人は)話しているとすぐ分かる時がある。話題がゴシップの域を出なくなる。新聞が正確なことを書くという保証はないのだが、新聞を読むか読まないかは、私にとって人間をより分ける篩(ふるい)の役を果たすようになっていたらしい。私が会社の社長だったら新聞を読まない社員は採用しない。若者だったら結婚相手としても困る」というのである。

私の父親は50歳を前に他界したが、子供のころ、父親が読み終わった新聞を手にとってプロ野球の記事を読むのが楽しみだった。親が新聞をしっかり読む姿を見れば、どこを読むかは子供の関心により違うが、子供も新聞を読むようになる。その新聞で「iPad」の狂騒ぶりを報じていたが、米ニューズウィーク誌(日本版)は人間が「馬鹿になる」道具だと断じた。闇雲に世の中を便利にしても、人間はかえって賢くならないことを痛烈に突いている。

さて、夏休みに入る7月は例年、上旬あたりで梅雨が明けると、一転して夏本番の暑い日がやってくる。7月の別名は文月(ふみづき)といい、暑さの中で消息の便りを交わす。今の暑中見舞いのように文(ふみ)をやりとりする文扱月(ふみあつかいづき)、七夕に詩歌を詠んだり、書物を夜風に晒す習慣からきた文披月(ふみひらきづき)から文月になったという説などがある。

秋は読書の秋というが、7月も夏休みのタイミングに合わせて、朝のラジオ体操と朝食のあと活字(新聞や本)に親しむ習慣を付けたい。七夕は五節句の一つで、牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)の二星が年に1回天の川を渡って会う、という中国の星座伝説にちなんだ祭りで、瓜などを供え裁縫などの手芸、詩歌、書道の上達を祈る「乞巧奠(きっこうでん)」という習俗が今でも神社で行われている。

朝顔写真

七夕前後の日に季節の風物詩として可憐な花の朝顔市が立つが、朝顔も七夕伝説を彩る花である。1200年以上も前に遣唐使が中国から薬用に持ち帰った種子は牽牛子(けにごし)、花は牽牛花をアサガオと読むようになったという。