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誌上講演会

真の家庭運動推進協議会副会長 稲森一郎

家庭の再生こそ地域国家を再生させる道

人々を悩ます多くの問題

どうも日本の国がもう一つ元気がない、何とかならないのか。景気を何とかしてくれ。財政赤字が大き過ぎる、これでは国家としての事実上の破綻ではないのか。地域経済も中小企業もどん詰まりの状態で、全く見通しが立たない。どうやって生きていけばいいのだ。大学を卒業しても、就職の目処がつかない、国の未来を背負う若者たちがこのようでは、一体、この先、日本はどうなるのだ。このような絶望的とも言える怨嗟(えんさ)の声が巷間に溢れています。

日本の子供たちの学力は、昔と比べて、国際比較で落ちてきているではないか。どんな教育をしているのだ。文科省や学校はちゃんと教育に取り組んでいるのか。子供たちの学力低下はそのまま日本の未来の沈没を意味するのではないのか。大丈夫か。昔に比べると、子供たちの元気が感じられない、精神面でも、体力面でも、子供たちは活力を失い、生命力が落ちてきているようだ。本当に教育は大丈夫か——など教育を心配する声も後を絶ちません。

どうも日本から道徳心といったものがいつの間にか抜け落ちて、無責任極まりない社会になってしまったように感じられて仕方がない。連日報じられるニュースは、モラルの欠如、倫理の崩壊に関するものが多くて気分が滅入ってしまう。昔はこんなはずではなかった、もう少しまともなような気がしたが…。役人の倫理、企業の倫理、家庭の倫理、社会の倫理、教員の倫理、政治家の倫理、倫理という倫理が吹っ飛んでいるのではないのか。これでは遠からず国が滅びの道へ転げ落ちていくのではないか。人と人が思いやりを持って生きる温かい社会というものを取り戻してほしい。何かがおかしい。なぜこんな社会になってしまったのか。人間が利己的になりすぎてしまった、他人に関心を払わなくなった、冷たい社会になった、助け合わない社会になった、などの所感を語る人々も大勢みうけられます。

こういった人々の声を総合すると、どうやら、現在の日本は、得体の知れない病に冒されているようであり、その病原菌がどこからどのように入ってきたのか明らかにして、適切な治療法を講じなければ、本当に、日本がこの先、やばいことになってしまいそうです。

病原菌の正体

日本社会が抱えている全体的な負の下降線状態が生じてしまった原因は何か。これを解明していくと、当然、そこにはいくつかの理由が見出されるでしょうし、また、それら複数の原因の相互作用などもあるでしょうが、一つの確かな原因は、日本の家庭、あるいは日本の家族社会の変化あるいは異変にあることは否定しがたいことであると考えられます。

もっとも単純な図式で考えれば、個々人が属する最小単位の帰属社会が家庭であり、各個人が人生をスタートさせ、人生を作り上げていくのもまた、家庭という場所に足場を置いていることは明白な事実です。そして各個人を包摂した多くの家庭の集合体が社会となり、最終的に国家となっていくわけですから、社会や国家の病状を探り当てようとすれば、どうしても社会の基本単位としての家庭に注目せざるを得ません。日本という全体が何らかの病気にかかっている場合、その全体を構成する細胞、すなわち、何千万という家庭の中に何らかの病原菌が潜んでいる可能性が高いと考えるのは理に適ったことです。全体が病気に冒されて苦しんでいるということは、全体を構成する個々の細胞が病気に冒されているということに他ならないからです。

もちろん、その逆も考えられます。全体を統括する特別な細胞である頭脳(この場合、日本国政府が実施する何らかの価値観、あるいは学校が教える何らかの価値観など)が病原菌をどこからか持ちこんでしまったので、細胞(この場合、各家庭)にウイルスを配り、ウイルスが各家庭に侵入して、細胞(家庭)が病気にかかってしまったという見方もあるでしょう。この場合は、ウイルスを退治する免疫力が細胞にあれば問題ありませんが、免疫力がなければ、細胞は病気にかかってしまいます。

いずれにせよ、家庭が病気に冒されており、そのことが大きな原因となって、日本という全体が病に冒され、青息吐息の状態に陥っている。このように考えれば、家庭という細胞から病原菌を駆逐して、日本という全体に力を取り戻させるようにする以外にないということになります。これが、家庭の再生こそ地域と国家の再生を図る道であるという趣旨です。

さて、それでは、病原菌が家庭に巣食っているとすれば、その病原菌とは、一体、いかなるものであるのかということになります。家庭が不安定でガタガタするようになるのは、一番多い主要な原因としては、夫婦関係です。そもそも、家庭というものが出発したのも、ひと組の夫婦の誕生、すなわち、一人の男性と一人の女性の結婚が出発点となっています。夫婦という核心部分こそ家庭の中心点です。

以上のことから考えると、日本という国が現在おかしくなっているのは、突き詰めて考えれば日本の多くの家庭の夫婦関係がおかしくなってきているからだとも言えるわけです。当然、夫婦関係は、お互いの信頼と思いやりと理解から成立するものであり、一言で言えば、夫婦愛というものが絶対条件としてあるわけです。しかし、今の日本社会ではそれがあやしくなっている、それがおかしくなっている、夫婦愛というものに病原菌が入ってしまった、夫婦愛がウイルスに冒された状態であるとみてよいでしょう。

こう言うと、夫婦愛なんてものは昔から病原菌に冒されていたのだ、今に始まったことではないと一蹴する人もいるでしょうが、現在の日本の夫婦のギクシャク度はかなり大きなものであり、これは明らかに高度経済成長の中で豊かさを掴んだ日本の人々が不倫に手を染めるようになり、心ない快楽社会の渦に巻き込まれていって、性倫理が大きく音を立てて崩れ落ちてしまったことからくる大きなツケを現在払わされているのだとみることができます。ひびの入った夫婦が多く存在する社会は、不安定な社会となり、健全な人間性を喪失した社会となります。また、無責任な社会ともなります。一見、日本の元気のなさが、夫婦関係の不安定さと何の関係があるのだと反論する向きもあるでしょうが、深いところで大きく関係している問題です。

健全な夫婦愛を取り戻そう

夫にとってはかけがえのない妻であり、妻にとってはかけがえのない夫である。お互いが尊敬し合い、理解し合い、信頼し合い、思いやりを深くして人生の苦楽を共にしながら生きていく。これが本来的な夫婦の姿であります。お互いに足りないところもあるでしょうが、それを裁いたり、糾弾し合っても仕方がありません。足りないところはお互いに補い合い、助け合って生きる、こうする以外に共に生きる道はありません。夫は妻に、妻は夫に感謝することです。お互いがお互いに対して感謝する心があれば、どのようなことがあっても、問題ありません。

夫は妻を、妻は夫を理解しようと努めなければなりません。いつも思いやりを示し合うようにすれば夫婦愛は深化していきます。そして、人生のいかなる試練の中においても、最終的にお互いを信頼し合うことです。信頼が崩れたり、理解を放棄したり、思いやることをしなくなったら、そのときから、夫婦愛は雲の彼方に消えていってしまうでしょう。

日本国家の再生復活を図る方途は、政治的、経済的な現実的手段を講じることはもちろんですが、より根源的な部分において、家庭の再生という課題が横たわっており、それの第一義的な解決策として、夫婦関係の修復改善、もしくは夫婦愛の再生復活というテーマが不可避のものとしてあるのです。元気のある日本を取り戻す道は、健全な夫婦愛を取り戻すことから始まると思うのです。