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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

高原に咲き乱れるコスモスのさりげなさと清澄な秋

まさに”炎熱地獄”であった今年の夏。7月半ばに明けた梅雨は雨もよく降ったが、暑さも半端でなかった。梅雨中から気温30度を超す真夏日が続き、平年の平均気温を2、3度は超える日々。お陰で、夏バテとなる前に、早々と梅雨バテとなってしまった。

梅雨明け後の7月後半は、東京では猛暑日(気温35度以上)と熱帯夜(同25度以上)のダブルパンチに襲われた。本格的夏の8月に入ると猛暑第2波がやってきて、二十四節気で立秋の7日でも、秋が立つ気配は微塵も感じられなかった。暑さがおさまるという23日の処暑を経て、今月8日は白露。いかにも涼しげな節気名だが「草葉に宿る白露に秋の気配がひとしお感じさせられる」と説かれると、やれやれこれで少しは涼しくなるのかと思う。

暑さがまだまだ去らない中で、平地より少し高い山や高原に行くと、一足早い秋の風景がしっかり腰を下ろしているのを見る。スキーシーズン前の蔵王や面白山高原(ともに山形県)で、ゲレンデいっぱいに咲き乱れるコスモスの花に、その数の多いことに驚きつつも淡いパステルカラーの花が風に揺らぐ様に、青く澄んだ空の下に頼りなさとはかなさを感じ、まるで別天地に来たような気分を味わったことがある。

私が子供のころ、コスモスはどこにでも咲くごくありふれた花だった。畑の畦道や路傍、空地や庭先など、どこにでも花を咲かせていた。台風シーズンと重なる時に育ち、強風になぎ倒されても、そこから根を張って立ち上がり花を咲かせる。飾られた時に持つイメージとは逆に、野にあっては雑草のようにしぶとい強さを併せ持つのである。

春の桜は木だが、コスモスは和名がアキザクラ(秋桜)、オオハルジャギクの草花。日本の花のようになじんでいるが、メキシコが原産地で明治期に入ってきたキク科の1年草。昭和10年に当時の東京日々新聞(現・毎日新聞)が、当時の7人の名士に「近代人の感覚に生きる秋の七草」を各士に一つずつ選ばせた。この時に、コスモスを新秋の七草の一つに選んだのが菊池寛で「コスモスのさりげなさに、人々は清澄な秋を感ずるのである」とコメントしたという。(読売09年9月25日付夕刊「言の花」)

歳時記から。

〈コスモスは倒れたるままに咲き満てりとんぼうあまたとまる静かさ〉土田耕平

〈コスモスに雨ありけらし朝日影〉水原秋桜子

今年も、”さりげなさと清澄な秋”を満喫したいと思うこの頃である。

コスモス
-Profile-

■ ほりもと・かずひろ

1948年岐阜県生まれ。大阪市大中退。世界日報文化部長、社会部長、マドリード特派員、編集局次長、編集委員などを歴任。編著書に「朝日新聞に内部崩壊が始まった」(第一企画出版)、「拡材—ある“新聞拡張団”体験記」(泰流社)など。