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誌上講演会

2010年5月9日 第5回ファミリーフェスティバル西神奈川での講演より
UPF日本・教育局長 松波孝幸

近年、忘れ去られ最も無視されてきたもの(上)

動物以下になった人間

最近、親が自分の子供を殺すなどという、驚くべき事件が頻発しています。親が自分の子供を虐待して殺してしまうというのです。2007年に熊本市の慈恵病院が赤ちゃんポストを設置しました。産んだ親から捨てられた赤ちゃんが、そのポストに置き去られたのです。そのような赤ちゃんは3年間で57人になりました。

赤ちゃんポストに赤ちゃんを置き去った親達は、熊本の地元が極めて少なく、ほとんど東京や大阪などの遠方の人たちだったそうです。動物でも自分の子供を命がけで守るのに、人間がこのようなことをたやすく実行するのです。人間の精神状態が動物以下になっているのです。さらに、倫理的精神的欠陥がこのような結果を生んでいるのに、経済的貧しさや社会的歪みにその責任を押し付け正当化する教育者、言論人、果ては政治家たちもいます。日本社会は精神的危機状態にあります。

今の日本で全く無視され、無関心にさらされていることが「結婚」や「家庭」です。その結果、日本人の良き伝統的な価値観が根本から崩壊しつつあります。

無視された「良心と倫理」

もう一つ忘れ去られているのが「良心と倫理」です。2008年には世界的な金融危機が起こり、世界恐慌になって現在も続いています。発展途上国ではたくさんの人たちが餓死しました。経済危機が起こると、一番犠牲になるのは貧しい国の人たちです。

金融危機を起こす原因を作ったのは、金融世界の専門家たちです。彼らは危険な債権のリスクを分散させた高利回りの金融商品を作り、それを世界中の金融機関に販売したのです。利益率が高いので世界中の金融機関がそれを買いました。そんな危険な債権の代表が、アメリカの低所得者層向けの貸付であるサブプライムローンでした。

しかし、アメリカにもそんな金融商品に手を出さなかったある銀行がありました。その頭取があるテレビの取材記者のインタビューで答えたことが印象的でした。

「自分たちは、自分の良心に聞いて、そのような金融商品には手を出さなかった」

政治や経済も、その原点は人間の良心にあるのです。極めて専門的と思われることの判断をする際も、最終的には良心の声を聞かなければならないことを教えています。良心の声を聞くためには倫理的価値観を尊重しなければなりません。

リンカーンの良心と決断

アメリカは南北戦争を経て一つの国としてまとまりました。もし、リンカーン大統領が奴隷を解放するために南部との開戦を決意しなければ、アメリカは統一国家を維持できず、分裂して南米のようにいくつもの国に分かれていたかもしれません。もし、そのようになっていれば、アメリカは、第一次、第二次世界大戦の結果を民主主義の勝利へと導くことはできなかったでしょう。ヒトラーがヨーロッパを支配し、日本の軍国主義がアジアを支配していたでしょう。そうなると、第二次大戦後の世界は全体主義に支配されていたことになります。しかし、大西洋と太平洋の対岸にアメリカ合衆国が統一国家として存在し、かつ強力な国力を所有する国として育っていたために、そのような悲劇は免れました。しかし、たとえ全体主義の脅威を超えることができたとしても、次にもたらされたソ連や中国の共産主義の脅威を世界は超えられなかったでしょう。それを救ったのがアメリカ合衆国の存在です。結局、リンカーンの決断による南北戦争が現代世界の救いに直結していたと考えられるのです。

アブラハム・リンカーンの立場は複雑で極めて難しい立場でした。戦争を決断すれば多くの罪のない若者を死に追いやります。実際、南北戦争では南軍と北軍の両軍が志願兵により構成されています。両軍とも愛国者の集団なのです。しかし、戦争を決断しなければ奴隷制が存続しアメリカはやがて滅亡します。また、アメリカは南北に分裂します。戦争を決断し多くの若者を殺すことも、また反対に、戦争をしないで悪辣な奴隷制を残すことも、両方の道が悪なのです。より大きな悪を避けるために、より小さな悪を選択する以外に道がないのです。リンカーンは深刻に悩みました。

いったい彼の相談を引き受ける資格のある人がいたでしょうか。

貧しい開拓農民の子供だったリンカーンがいつも読んでいたのは聖書と法律の本だといいます。絶対的な善や理想のみを追求できないのが政治であり、苦渋の決断を迫られたリンカーンが最後に相談できたのは、彼の良心です。良心の声に耳を傾け、その指導に全ての運命を任せるしかなかったはずです。結果としてリンカーンの良心に基づく決断が、アメリカを分裂から救い、ひいては世界を救うことになったのです。

最終的に人間を正しい判断に導くのは良心であり、経験や専門的知識はそれを補佐するものです。非常に素朴な、私たちの心の中にある神からの声、「良心」が人智を超えた判断を与えてくれます。広大なアメリカが統一国家として維持されたのは奇跡です。そのおかげで現在の民主主義世界があります。その恩恵を私たちが受けています。

「結婚」「家庭」とは何か?

最近のNHK連続ドラマ「ゲゲゲの女房」を見ながら、結婚とは何か考えた方もいるかと思います。結婚とはなんでしょう? なんのために人は結婚し、家庭を形成するのでしょうか? 改めて問われると回答が難しいことを発見します。それもそのはずです。人類を導いてきた偉大な宗教である仏教やキリスト教でさえもその回答が明確ではありません

お釈迦様は、結婚して家庭を持っていたにもかかわらず、妻子を捨てて出家されました。再び結婚して家庭を持たれませんでした。仏典に、家庭とは何かが明確に述べられていないのです。仏教の優れた指導者たちも、ほとんどが独身です。

キリスト教もよく似ています。イエス・キリストは結婚しないまま亡くなりました。ですから、イエスの言葉の中に「家庭とは何か」の回答はほとんどありません。

「結婚とは何か、家庭とは何か」という問いは、結局「人間とは何か」という問いかけになってしまい、この問題を考えていくと、人間とは何かという問題に帰結します。

聖書の知恵は「人間は愛を中心に存在する」と教えています。「愛さない者は、神を知らない。神は愛である」(ヨハネの手紙一4章8節)、「神は自分のかたちに人を創造された」(創世記1章27節)。

人間は神のかたちだから、神のように愛を中心に生きる存在だというのです。実際、人間ほど生まれてから死ぬまで愛を必要とする生き物はありません。

アフリカの草原で生まれるシマウマは、母胎から出て数時間後には、もう走ることができます。しかし、人間の子供は半年たってもしっかり歩けません。生後10カ月頃になって、はじめて何かにつかまりながら、やっと立ち歩きができるようになります。3歳になっても、父母の保護なしには生きてはいけません。

人間の赤ちゃんは、お母さんの顔を見ながら母乳を飲むようになっています。胸に抱かれた赤ちゃんの目が、愛にあふれたお母さんの顔を見るようになっているのです。馬や牛の子供が乳を飲みながら見るのは、お母さんのお腹です。

人間は、心を通わせながら乳を飲むのです。そして人の子育てにはとんでもないほどの手間と時間がかかります。動物に比べて子供である期間が長く、あまりにも長い間、親の愛を受けながら、愛の中でゆっくり育っていくのが人間なのです。 (つづく)

 -Profile-

■ まつなみ・たかゆき

1946年、群馬県伊勢崎市に生まれる。群馬大学で機械工学を学ぶ。ニューヨーク州立大学卒業、専攻は政治科学。米国ベリータウンにある統一神学校大学院で宗教教育学の修士号を取得。安全保障問題、共産主義問題の研究・啓蒙活動に従事する一方で、青少年、大学生たちにボランティア文化を確立することに焦点を当てた活動を展開。著書に、「宗教と共産主義」「ノーブルマン(愛の彼方)」がある。