機関誌画像

春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

重陽の節句と菊花展、菊人形展が楽しみな季節

食用菊というのがあって、菊の花びらが食べられるということを知ったのは、家庭をもって家内が食卓に出してくれたからであった。私の育った中部地方では菊をあまり食べなかったのか、私の家だけが食べなかったのか知らないが、家内の里である東北では菊をよく食べる。同じように、イナゴの佃煮も東北ではよく食べたという。

どちらも、私が初めて口にする時は恐る恐るだったが、湯がいて酢の物として出た菊の花は、コリコリッとした弾む食感、イナゴはカリッとした感じで結構いけると思った。

10月は「晩秋の王花」(『新歳時記』高浜虚子編)菊の季節である。旧暦9月9日にあたる10月16日は、五節句の一つ、菊の節句ともいう重陽(ちょうよう)の節句である。

五節句は他に人日(じんじつ)・1月7日=七草(ななくさ)、上巳(じょうし)・3月3日=雛祭、端午・5月5日、七夕 (しちせき)・7月7日。いずれも旧暦の日付が正当だが、いまでは明治の新暦への切り替えで新暦の日付に当てはめている。

そのため、生活実感との著しいズレが出てくる。七草、上巳、端午はともかく、七夕は梅雨の真っ只中であることが多く、星座伝説による天の川を見られない年が少なくない。そして、最も廃れてしまったのが重陽である。何しろ新暦の9月9日では菊の節句としても、まだ菊の花が咲く時期ではないから、花も香りも楽しむことができない。

五節句は、古代中国の陰陽思想で、陽の数でめでたいとされた同じ奇数の月と日(人日を除く)の日である。一桁の最大奇数が重なる重陽は、この日に高所に登って菊花酒を飲んで災難を免れたという伝承、菊の花を真綿で覆ってその香りと露を移し、それで顔などをぬぐって不老長寿を得たという故事など、菊にまつわる話に彩られている。

放浪の旅に明け暮れた俳聖芭蕉も、重陽の日にはこだわったようで、1694年(元禄7年)のこの日に奈良入りして詠んだ次の句はよく知られている。

菊の写真

〈菊の香や奈良には古き仏達〉

菊の句を歳時記から。

〈有る程の菊抛(な)げ入れよ棺(くぁん)の中〉夏目漱石

〈黄菊白菊其他の名はなくも哉〉服部嵐雪

〈秋はまづ目にたつ菊のつぼみかな〉去来

各地の菊花展、菊人形展が楽しみな季節である。