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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

山本周五郎が「時を刻む音が聞こえる」と感じた師走

「12月になると一日一日に時を刻む音が聞こえるようである。ほかの月にはこんなことはないし、そんな感じのすることがあっても、12月のそれほど脅迫感はない。いまこの原稿を書いていながら、私は現実にその時を刻む音を聞きその音の速度の速さと威嚇とに身のちぢむのを覚えているのである」(山本周五郎「年の瀬の音」=朝日新聞昭和33年12月)

この欄で、時代小説『密命』や『居眠り磐音江戸双紙』など佐伯泰英ものシリーズについて触れたことがあるが、いま私は山本周五郎ものに浸っている。『密命』は『用心棒日月抄』(藤沢周平著)を手本にして書いたと佐伯氏自身が語ったことから、藤沢周平ものに進み、その前に山本周五郎がいるといわれる時代小説の流れに逆上っての読書遍歴である。

13歳の質屋奉公から始まる下積みの苦労を重ねて文名を叩き上げてきた人だけに、周五郎文学には説教くさい古臭さも付きまとう一方で、生活実感あふれる滋味ある文章と人生観に心を動かされファンとなった人も少なくなかろう。また、『栄花物語』で、幕府の賄賂政治の元凶とされ悪名高い田沼章次を進取の精神の人とし、幕府の経済改革を押し進める改革官僚として描き、『樅ノ木は残った』では伊達騒動で逆臣の汚名を着た原田甲斐についてまったく違う角度から描き上げた。既存の人物評にまったくとらわれない新たな評価を突きつけた作品を印象深く味わった読者も少なくなかろう。

冒頭の一節は小説ではなく、周五郎の随想。時代小説のほかに周五郎の十八番(おはこ)と定評のある年末随想は、今でもそのまま味わい深い。もう一つ紹介すると。

「私の住んでいる地方都市の場末に、年末となると『第十何回、店じまい大売出し』という張紙をべたべた掲げた店がある。去年は『第十五回』であった。……それを見るたびに私はほほえましくなり、拍手を送りたくなる。……年末の客引き用語として、しばしばもちいられるものだろうが、『第十何回』と書き入れるところに、その店の主人の素朴さと、ねばり強い自信が感じられて、こちらまで心丈夫になる」(「人生の冬・自然の冬」=朝日昭和40年12月)と、不況の中でわき目をふらず頑張る人への応援歌である。

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冬12月は自然の中の花は少なく、紅いシクラメンなど温室育ちの花が部屋を飾る。路傍や庭の一隅に、フキに似た葉形から伸び出た茎の頭に形がコスモスに似た黄色い花が「おやっ」と目に留まったりする。冬の季語「石蕗(つわ)の花」の石蕗(つわぶき)である。