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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

年の始めのためしとて——を寿ぐ紅白の花椿

明けましておめでとうございます。

百八の鐘の音が煩悩を吸い取り、消し去るという大晦日を越えると、明けて新年。慌ただしかった師走が泡のように消え、〈初暦知らぬ月日は美しく〉(吉屋信子)真っ白にリセットされ、新しい一年の最初の日が祈りとともに希望あふれる新しい気持ちで始まる。元旦の朝を、石川啄木も〈何となく、今年はよい事あるごとし。元日の朝晴れて風無し。〉と祝している。

元日を愛(め)でたく祝いたいのは唱歌にもあるように、ややこしい理屈はいらない。ただ一年の最初の日、出発の日をまっさらな気持ちで寿(ことほ)ぐのである。

♪年の始めの ためしとて/終りなき世の めでたさを/松竹たてて 門ごとに/祝(いお)ふ今日こそ たのしけれ

「ためしとて」は「試(ためし)とて」の漢字をあて慣例とかの意味。一年をスタートする元日はとにかく芽出たく祝い、楽しくあれという祝歌である。「松竹でんぐり返して 大騒動」の替え歌でも慣れ親しんできたこの歌は、今では正月のフジテレビ恒例「新春かくし芸大会」のテーマソングとしてよく知られるが、その由緒は遠くなった明治に遡る。

明治26(1893)年に文部省が発表した「小学校祝日大祭日歌詞並楽譜」に記載されている唱歌「1月1日(いちがついちじつ)」。作詩者が第80代出雲大社宮司の千家尊福(せんげたかとみ)氏ということで、縁結びの神で知られる出雲大社神楽殿(島根県)の巨大な注連(しめ)縄の横には歌碑が建っている。

椿写真

冬1月もまた自然の花は少ない。そんな中で、私には家内の山形の実家で、待ち遠しい春を告げる梅の開花に先駆けて、年をまたいで紅い花を咲かせる椿が印象深い。紅い花、濃い緑の葉、それらが白い雪をかぶって描きだすコントラストは、何とも絵画的な想像をかき立てるが、この椿の風景にはもう一つ、木に残る黒く焼け焦げた跡が加わる。

この家が十数年前に全焼したのだが、境に植えられた椿の木が隣家への楯となり延焼を防いだ痕跡である。今でも椿に特別な思い入れを持つのは、そんなことへの感謝からである。花びらをさらさらと散らせる桜に対して、椿は花ごとぽとりと落ちる。椿は春の季語だが、そんな椿の落下の瞬間に抽象絵画的な美を見て詠んだ句に、河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)の〈赤い椿白い椿と落ちにけり〉がある。