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誌上講演会

真の家庭運動推進協議会副会長 太田洪量

夫婦の愛は神秘的なほど深い

夫婦げんかは犬も食わない

「夫婦げんかは犬も食わない」とよく言います。普通、犬は何でも食べます。その犬も食べないということだから、余程のことでしょう。だから夫婦げんかには、他人は一切タッチするな、干渉するな。それくらい、夫婦の間には誰も入れないものだ。だから夫婦げんかの仲裁をしても意味がないし、じき仲直りするものだから放っておけばよいというようなところでしょうか。ここで重要な内容は、「夫婦の間には、誰も入れないものだ」という箇所です。夫婦間には二人しか知らない歴史があるし、秘密があるし、愛情の関係があるということでしょう。

昔、木下恵介監督の『喜びも悲しみも幾歳月』という映画がありました。小さい時に、父親に連れられて一家全員で見に行ったことを覚えています。

「おいら岬の灯台守は 妻と二人で 沖ゆく船の 無事を祈って 灯をかざす 灯をかざす」

映画の主題歌の一番です。細かいところは忘れましたが、人里離れた、環境の厳しい灯台で過ごすが故の苦労を、奥さんと二人で越えてゆく物語です。夫の喜びは妻の喜びだし、妻の悲しみは夫の悲しみである。まさしく夫婦二人で分け合ってきた喜怒哀楽の歴史がそこにあることを、過酷な自然を背景にして綴っている映画でした。

夫婦の愛については、親子の愛と比較して考察すると理解がしやすくなります。いま教育の世界では「絆格差」ということが認識されています。全国一斉の公立小中学生を対象にした算数、国語の学力テストで常に上位1、2位を占めているのが、福井県と秋田県。この2県は全世帯数に占める三世代家族の割合も全国1、2番なのです。家族の絆が深い家庭で育った子供は、学力も高いというわけです。こういう話をある県で披瀝したら、「自分のいる県は、三世代家族の割合は高いんだけど、学力は低い」とのこと。そこでいろいろ聞いてみると、同じ三世代家族でも出戻りの家庭が多いということが分かりました。「こちらでは、例えば娘さんを嫁に出すとき、『何かあったら、帰っておいで』と親が言うんじゃないんですか?」と尋ねると、「そうだ」との答えでした。

親子の関係は血でつながっている、しかし夫婦のそれは血のつながりではないから前者が後者よりも深い関係なのだと考える人が多いでしょう。しかしよく考えてみると、親子の関係の前提に夫婦の関係があります。父親一人では子を産めないし、母親一人でも子を産むことはできません。よく離婚家庭で、子供は母親が引き取ることになったので「この子は私一人の子だ、別れた夫には子供に会わせない、タッチさせない」そこで問題が起きているということを聞きました。深く考えてみると、離婚する際の子供の所属を仕方なく法律的に決めたのであって、その決定が正しいからとかいうものではありません。いわば便宜上決めたものといっても過言ではないでしょう。子供にとってはお父さんはお父さん、お母さんもお母さん、どちらも必要であり、どちらからも愛が欲しいのです。子供の立場に立って考えてみれば、お父さんとお母さんは(言わば勝手に)お互いの関係を切ったのであって、子供の心の中では、自分とお父さんであり、お母さんという絆は否定できるものではなく、お父さんとお母さんという関係自体も切れてはいないのです。

父母の愛よりも深い夫婦の愛

最近、『新・良妻賢母のすすめ』(ヘレン・アンデリン著、岡喜代子訳)という本に出会いました。著者は米国人クリスチャン女性歯科医師、しかも8人の子供を育てた方です。アメリカでは200万部を超える大ベストセラーになり、何万もの女性が生き方を変え、夫婦間の愛がよみがえり、離婚の危機から救われるという、素晴らしい成果がうまれたそうです。印象に残った言葉のみいくつか記します。

「夫を導き手、守り手、養い手とする。完璧な支え手になるには、少女のような信頼を夫に寄せる。母親ぶらない、女らしいアドバイスの仕方を夫に。無邪気な女の子の怒り方に学ぶ。男性の機嫌を和ませる子供のような反応。その他、ものをねだるとき、頼むとき子供のような振る舞いをする。子供のような喜び方をする」

女性は子供を産んだ後は、夫に対しても母親の立場で接しやすい、言わば上から目線になりやすい。そうじゃないんだ。もっと娘のようにふるまうんだ、そのためには女性が夫に対する考え方を変えるんだ、夫の努力も必要だが、女性側の努力はより必要なんだということが強調されていました。

言わば夫婦の愛情関係は、妻が母親の立場で、夫が息子のような,場合も勿論あるでしょうが、妻が娘のようで夫が父親の立場もあるんだというわけです。そう考えると、夫婦の愛には親子の心情関係も含まれてくることが分かります。ということは、本来は夫婦の愛の方が父母の愛よりも深いということを意味しています。考えてみると確かに、もしこれが逆であれば、夫婦間で何かあればより愛情関係の深い父母のいる実家に帰ればいいということになって、家庭は壊れてしまいます。

変貌自在に関係性を変え深くなる

夫婦の愛は神秘的なほど深いものです。数カ月前までは、あるいは何年か前までは見ず知らずの全くの赤の他人が一つ屋根の下で起居を共にする——そこにはまず男女の違いがある、性格の違いがある、考え方の違いがある、生活習慣の違いもある、夫婦共稼ぎであれば職場環境の違いもある、給料差もある——それらを一つ一つ夫婦の愛で越えていくわけですから。恋愛関係で過ごしていた時とは違います。男性とは何か、女性とは何かを追求せざるを得ません。子供が生まれれば、女性はどうしても育児に投入する愛情や時間が多くなる——それを愛情の持つ深い真理性や経験者の知恵で克服していく。それだけ夫婦の愛はどんどん深まっていく。

昨年、ノーベル化学賞を受賞された根岸英一博士が、「今年は結婚50周年の金婚式で二つの金メダルを頂くんだ」との談話が報ぜられていました。夫婦で与ったノーベル賞だというわけです。夫婦間で諍いがあったり、ストレスがあったり、うまくいっていなかったら、それだけ研究に没頭できなかったことでしょう。

親子の愛は、生まれついての血のつながりなのです。夫婦の愛はそれ以上に深いものです。父—娘、兄—妹、夫—妻、弟—姉、息子—母と変貌自在に関係性を変えながら深奥な世界に近づいていくのです。ゼロから始めて、時を重ねて愛情の深みに至る——それだけに最も努力が必要なことなのです。人としてこの世に生を受け生きていくのに、様々な分野での努力が必要です。生活していくのにお金が必要。それを稼ぐための努力、子育ての努力、健康を維持するための努力、料理の腕前を上げる努力、職場づきあい・近所づきあいの努力等挙げるとキリがありません。しかしいつもいつも何をしている時でも意識して、常に最も努力すべきところが夫婦の愛を深め、高め、強めることなのです。先人が残した言葉には、実に意味深長なものがあります。「三人寄れば文殊の知恵」「早起きは三文の得」「急がば回れ」などもそのたぐいでしょう。「夫婦げんかは犬も食わない」これほど人生の奥義を語っている言葉もないのではないでしょうか。