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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

世界的植物学者が愛し育てた、行く春の庭園で

「花在れバこそ/吾れも在り」(牧野富太郎)

東京・池袋と埼玉・所沢、秩父を結ぶ西武池袋線の大泉学園駅。駅の南口広場を越えて真っ直ぐ5分ほど、自動車教習場を過ぎたところを右折するとすぐに、高さ20メートルほどに伸びた「杉」や大王松を仰ぎ見る庭園がある。約2200平方メートルはそんなに広くはないのだが、自然のまま折り合うように一本ずつ違う樹木の植わった配置の妙が、ただの庭園とは何かひと味違ったものを感じさせる。

初めて「牧野記念庭園」(練馬区立)を訪れたのは昨年暮れの夕方だった。すでに辺りは冬の早い日脚のためにうす暗くなりかかって樹木の見分けもつかなかった。ただ山や森林の奥深くに入った時のような木の香がしたのには驚いた。

ここを2回目に訪れたのは、厳寒が緩(ゆる)み3月なみの気温となった今年の立春が過ぎてからのこと。故牧野富太郎博士(1862〜1957年)は「日本の植物分類学の父」として知られる世界的植物学者で、その住居跡に整備され昭和32年(1957年)12月に開園したのがこの庭園である。

植栽されている300種類以上の草木類は生前の博士が国内外で自ら探し求めたもので、博士を支えた故壽衛子(すえこ)夫人に感謝と愛情を捧げて命名した「すえこざさ」(ささ・すえこやな・まきの)、「せんだいやさくら」、ねりまの名木「へらのき」など学問的に貴重な珍しい種類のものも少なくない。博士の命名の草木は他にも「りょうがくばい」(梅)、「うばゆり」、「せんだん」などなど。

小さいときから私にとって牧野富太郎博士は雲の上の人だった。小・中学校時代の趣味が植物採集で、特にシダ類に関心があった。採集した植物の種類や名前を調べるのに図鑑と突き合わせたが、その著者や監修者として博士の名前があったからだ。

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その博士の記念庭園があることを知ったのは数年前からで、一度訪ねてみたいとの思いをようやく果たせたのである。冒頭の「杉」だと思ったのは、スギ科には違いないが200年前に絶滅したと思われていた「めたせこいあ」(アケボノスギ)の名札が付いていた。ここの草木の名札は一部の例外を除いて、博士の図鑑がそうであるように、すべて「ひらがな」である。

庭園で咲いていたのは幾種類かの「うめ」と「はつかり」の白い花だった。3月ごろは正門の屋根代わりのように斜めに伸びた「おおかんざくら」の花の下をくぐると、樹木の間の地面を彩る「かたくり」の紫、「ゆきわりいちげ」の白、「にりんそう」が楽しめるという。