機関誌画像

春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

梅雨時はつばめの生命力と縁起よさにあやかりたい

「しかしそれでいて、巣はただの泥のかたまりではなく、そこで何事かが進行しつつある感じを濃密にただよわせながら板壁に貼りついていた。つばめの姿は見えなかった。/『むかしはつばめの赤ちゃんが沢山生まれて、それはそれはにぎやかだったものだけれど』」

「つばめのおとずれは季節の風物詩だった。そして長くつめたい冬のあとに来る春が、野山にいっぱい花を咲かせながらまだどこかに油断のならない寒さをひきずっていたのとは違い、つばめのおとずれは、少しの曖昧さもなく夏の到来を告げる出来事でもあった」


写真

本格化する夏と梅雨が重なって訪れる6月に思い浮かべる故郷のイメージがある。都会では駄目だが田畑のある町や村では、うっとうしく降り続く雨を突き破って飛翔するつばめのさっそうとした姿や、軒下の泥の巣で騒がしい雛の口に次々とエサを押し込む様が興味深く微笑ましかった。

つばめの漢字は燕だが、異称が「玄鳥(げんちょう)」だと知ったのは藤沢周平の短編時代小説五編を集めた『玄鳥』(文春文庫)の表題作を読んだから。冒頭は、ちょうど今頃のことと思われる、その巧みな自然描写の一節である。

つばめはすずめより少し長いだけの小さな鳥だが、春に南方から海を渡ってやってくる。人家の軒下に作った泥を固めた巣に雛が生まれ、人目につくようになるのが梅雨時ごろからで、つばめ自体は春の季語でも夏のイメージの方が強い。また「燕の子」「子燕」「親燕」などと使うと夏の季語となる。藤沢周平も、そんなつばめの夏を物語の背景に描いたのであろう。

つばめは春から夏にかけて田畑に大発生する害虫を片っ端から食べるので、稲などの作物をいただく人間にとっては益鳥である。他の野鳥のように木の間や草原に巣を作らないで人家の軒下や時には農家の家の中の梁はりや土間の天井など人が生活する近くに作るのは、天敵のカラスが近づかない所だから雛が守られるためだという。

そんな人間と共存共栄の関係にある働き者のつばめだけに、地方では〈つばめが巣をかける家は吉事がある〉とか〈繁昌する〉とか〈火事にならない〉など、良き言い伝えが多い。斉藤茂吉は番(つがい)のつばめに見守られて死に行く母を〈のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳(たらち)ねの母は死にたまふなり〉と悼んでいる。

梅雨時は、つばめの旺盛な生命力と縁起よさにあやかって、元気をもらいたいと思う。