機関誌画像

誌上講演会

真の家庭運動推進協議会副会長 稲森一郎

震災後の日本の家族社会

震災と家族の絆

2011年3月11日、東日本の太平洋岸一帯を襲ったマグニチュード9の巨大地震は、未曾有の津波を引き起こして、海岸線の街々を一瞬にして呑み込んで行きました。連日、報じられたニュース映像から、地震と津波の合わさった自然の猛威がどれほどの破壊力を持っているかを日本国民すべての人々が思い知らされました。

この大災害の中で見せた被災地の方々の秩序正しい振る舞いは、米国のCNN報道で次のように報じられました。「有史以来、最悪の地震が、世界で一番準備され訓練された国を襲った。犠牲は出たが他の国ではこんな秩序正しい行動はとれないだろう」。世界のメディアは、こぞって、被災地の人々の整然とした秩序正しさをそれぞれに報道しましたが、実際の被災地の方々には、飢えと寒さと避難生活の厳しい現実が待ち受けていました。

このような大災害を前にして、誰を恨むというわけにいかず、また、戦争による災害でもありませんから、どこかの国を恨むというわけにもいきません。3月半ばの東北は、まだ寒さの厳しい環境の中でしたが、瓦礫(がれき)の中を必死に行方不明の親族を捜し歩く人々の姿は、胸の痛い光景でありました。このような大天災の中、当地の方々にとっては、亡くなった方も生き残った方も、被った幸、不幸は、人間の力を超えたものとして、まったく運命の為せる業と考えるほかないような、やるせない心境であったと思います。

もちろん、天災という言葉で終わらせる ことのできない人災の側面もいろいろと付随したことは確かでありますが、それでも人間が築き上げた文明の力を根こそぎにする、圧倒的な自然の破壊力の前に、国家の繁栄も人間の奢(おご)りも根底から打ち砕かれたと言ってよいでしょう。日本国民全体が、零から出発しなければならないような一大宣告を受けたようなものです。人々の未来にあるのは、計り知れない復旧の道のりと復興の大事業です。

東日本大震災から人々はどのようなメッセージを受け取ったのでしょうか。日本中から、世界中から、支援金や支援物資が届く中で、厳しい避難生活を何とか乗り越えていく人々の姿が報道されるたびに、「支援の輪」、「支えあいの輪」の尊さを国民はもちろん、被災者たちも感じ取ったに違いありません。

地震大国日本には、神戸や新潟の地震災害で学び、蓄積された支援・助け合いのノウハウがあり、また経験の中から生み出された復旧・復興の叡知(えいち)や具体策などもありますから、東日本大震災に対しても、それらは参考になったことと思います。

それにしても、災害有事における政府や行政機関の対処能力と迅速性のなさ、硬直した組織や命令系統、誰が決定の責任を負っているのかなど、不透明な政治というものに国民が失望を感じているときに、対照的な動きを見せたのは、日本国民の支援意識の高さとボランティア活動への積極的な参加などであります。救いを感じたのは、この庶民感覚の国民の心の温かさであり、まだまだ、日本人の魂は死んでいないということでした。私たちは、一縷(いちる)の望みを、政治にではなく、国民の姿の中に見出すことができたのでした。

天災による被害という現実を冷静に直視しつつも、いつまでもずるずると引きずるわけにはいきませんし、切り替えて新しい出発を目指す以外にありません。そういう中で、一つの特徴的なことが言われ始めました。「絆」という言葉の重みです。人と人の絆が、復興の道を可能にしているとも言える現実をしばしばニュース映像などで見ます。結局、家族、親戚縁者、知人友人といった人間関係がもたらす愛情や思いやり、そして信頼関係といった精神的要素が、何よりも重要なファクターになってきているということです。

一つの象徴的な出来事を、国民はテレビ映像で見たに違いありません。それは、最早、誰も生き残ってはいないだろうと思われた被災後の10日目に、倒壊家屋から祖母(80歳)と孫(16歳)の二人が助け出された映像でした。いくつもの幸運な偶然が重なって生き延びることができたとは言え、10十日間もの間、極寒の環境を耐え抜いて生き延びさせた力は一体何であったのかと考えざるを得ません。それは、やはり祖母と孫という深い家族の絆、愛情の絆であったと思わざるを得ないのです。

どこから始めるか

震災後に、父親の頼もしさを改めて感じるようになったという感想を持つ人々が増えていることをあるアンケート調査が発表していますが、どうやら、今回の震災は家族の絆を深めるために一役を買ったと言えそうです。自然災害のような困難な状況が生まれたときに、一番、頼りになり、助け合うことのできる関係は、まずは家族であるという人倫の根本を、日本は、今、見直し始めたのです。家族という原点に人々は立ち帰ったとも言えます。

家族の崩壊が叫ばれるようになって久しい倫理崩壊の日本列島に、新しい風が吹き始めていると言えば、少々オーバーかも知れませんが、希望的な響きではありませんか? それが決して一時の気まぐれでなく、本気にこの国の家族を蘇らせる、力強い精神復興の機運であってほしいと思います。大震災の復興は、どこから始めるのでしょうか?それを、私は心の底から「家族の復興から!」と叫びたい気持ちであります。

震災によって、夫を亡くされた方、妻を亡くされた方、両親を失った子供、子供を亡くした親御さんたち、数知れない涙の物語が、被災地には渦巻いています。こうして、愛する人を失ってみると、どれほど、家族というものが大切であり、ありがたいものであったかを骨身に染みて感じていらっしゃることでしょう。神仏の前に手を合わせて祈っていらっしゃる方々も多いことでしょう。

大切な家族の絆を、自然災害のような突然の出来事によって、目の前から一瞬にして失った時、人々は悟るのです。家族がどれほど大切なものであるか、日頃から妻をもっと愛してあげていればよかったのに、もっと夫に尽くしておけばよかったのに、といろいろな思い出が走馬灯のように巡ります。被災地で亡くなった子供さんや家族の思い出の品々を探し集めている人々の姿を見るときに、今更ながら、家族の絆ほど強いものは他にないと誰もが肝に銘ずるのです。

幸いにして、家族全員が生き残ったという僥倖(ぎょうこう)に恵まれていれば、本当に、これまで以上にお互いを大切にして、深く愛し合って生きていこうと決意します。災難は、家族を結束させ、家族の愛を深め、何ものにも負けないで生きて行こうという決意を人々に与えます。ここにこそ、今度の東日本大震災を通して日本国民全体が悟り、目覚めなければならない重大な教訓があると思うのです。神様は、今、日本国民に家族 社会の復興と再生を求めていらっしゃると感じざるを得ません。

災いを福に転じる

大震災を転じて、日本の再生出発の好機となし、家族も社会も国家もすべて新たに生まれ変わるのだという心意気で、これからの日本の未来建設に取り組む必要があります。何よりも、一人一人が人間としての温かい心を取り戻し、これまでの「利己社会」「思いやり欠乏社会」から「利他社会」「愛情充満社会」への大転換を図っていかなければなりません。

今、世界は、利己的で他者を顧みない冷たい社会が拡がっており、理想モデルとなる家庭や社会、国家がどこにも見当たりません。病める世界です。だからこそ、一層、この国難とも言える大災害の中から、世界の模範となり、モデルとなるような家族、社会、国家を、日本から作り上げていくことが願われていると考えたいのです。そうすれば、世界の人々に希望を与えることができます。

日本の復興が、「家族の絆」「愛と思いやりと信頼」の精神で成し遂げられたとき、世界は、愛こそが創造と復興の力であることを学ぶことでしょう。