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誌上講演会

真の家庭運動推進協議会副会長 太田洪量

なでしこ・ジャパンの勝利の奥に

祖父母は「最後のつっかえ棒」

昨年の11月中旬ごろだったか、いつも乗っている電車の壁に貼られた広告に思わず目を奪われた。葬儀屋の宣伝で、「亡くなったおじいさんへ 千葉県主婦」と書かれ、フィクションで作り上げたというより、事実と思わされる内容だった。

いわく「自分は小さい時から、母方の実家をよく訪ねた。行くと必ずおじいさんが、近くの川に魚釣りに連れて行ってくれた。夕方になると竿をたたんで家に帰る。その間無口なおじいさんは一言もしゃべらなかった。12歳の時訪問した。いつものように魚釣りに行き、竿をたたんで帰る間際、おじいさんが一言いった。『我慢するんだよ』と。母親が再婚し、新しいお父さんが来ていたころで、自分は部屋の隅っこで、いつもじっとしていた」。その文章の最後は、「おじいさん、自分は我慢してきました」で結ばれていた。

文面から推察するに、彼女は厳しい家庭環境であったが、あのおじいちゃんの一言があったが故に、ぐれることなく育ち、何とかまともな結婚をし、今日までそれを維持してきたということがうかがえた。

それから2週間ほど後、NHKのテレビで初めて「トイレの神様」の歌を聞いた。この二つのことを通して(その前からそういう感はしていたのだが)、「もう日本はダメだな!」との思いが強くなった。というのもパラグアイでの経験があったからであった。

パラグアイに赴任したのが1995年。そのころは、パラグアイは南米一治安のいい国で夜通し玄関を開けていても大丈夫だった。歴史的な事情もあって一夫多妻が一般化していて、田舎に行くと一人の女性が5人の子持ち、全部父親が違う、中には父親がわからない子もいる、こういう例がざらだった。日本であれば、非行化しても全くおかしくない環境で育ったのにまともに育っている、それで犯罪が少ない、これはどうしたことか?

しばらくして理由がわかった。上記のような場合、パラグアイではほとんど母方のおばあさんがその子を引き取って育てる。ある程度の年齢に達している女性は、90パーセント以上が熱心なカトリックの信者だ。乳飲み子の時から、聖書物語を読んで聞かせ、「神様はいつでもどこでも見ていらっしゃるんだから、物を盗んではいけない、人をだましたらいけない云々」と教える。この齢(よわい)がいった女性の信仰と孫への愛が、パラグアイ社会を保ってきたのだとわかった。

ところが90年代の終わりころから様子がおかしくなり始めた。米国で起きたカトリック神父のホモ問題が、同じようにパラグアイでも騒がれるようになった。どこそこの神父がホモだったとか、女性と関係を持って子供をつくっていたとか、新聞やラジオで噂(うわさ)が拡がった。

それまでは、彼女たちは無条件に神父を信じていた。そこに、ほぼ全国に拡がった神父の性倫理崩壊。この、女性たちのカトリックへの信仰が下がるや否や、パラグアイの治安はあっという間に悪くなった。2000年代に入ると麻薬が蔓延(まんえん)し始め、泥棒や強盗事件が目の前で起きるようになり、挙げ句の果ては自分自身も誘拐される羽目になってしまった。

要するに、おじいさんやおばあさんというのは、家庭ひいては社会の崩落を防ぐ、最後の砦(とりで)のような存在である。それが崩れると家庭も社会ももたなくなってしまう。日本も、はじめに述べた二つの件が象徴しているように、その最後のつっかい棒にやっとのことで支えられ保たれている状況である。しかし、「我慢するんだよ」と言ったおじいさんや「トイレには神様がいるんだよ」と教えてくれるようなおばあさんが、どんどんいなくなってきているのが今の日本である。それで私は、日本の未来に悲観的になってしまっていた。

震災で変化した価値観

その矢先に起きたのが、「3・11東日本大震災」であった。マスコミも伝えているように、3・11以降、日本人の価値観が大きく変わってきた。「家族の絆」「地域の絆」が見直され、未婚の女性の中に、結婚を志望する人が多くなった。先だっても、NHKクローズアップ現代に出演していた糸井重里氏が、「幸福とは何か」との司会者の質問に「他人が喜ぶ姿を見ること」と答えていたのが極めて印象的だった。要は、この変化を定着させなければならない。そうすれば日本に明るい未来が待っていると考えるのは筆者だけではあるまい。では、そのためにどうしたらいいか。

祖父母の役割が、もっと肯定的な意味で表れているのが「三世代家族」であろう。その割合が全国2位の福井県は、小中学生の体力テスト全国1位、学力テストでも中学生算数の部では2位をかなり引き離しての1位、その他はすべて秋田県に続いて2位である。それだけではない。今春、福井県下の高校卒業生の就職率は99.4パーセントで全国1位。人口10万人当たりの社長数も29年間連続1位。世界シェア1位が13製品、国内シェア1位が53製品、その中には先端技術もある。

三世代家族の基盤のもと教育も熱心で、福井市内には「子供歴史文化館」があり、郷土が生んだ偉人たちの展示がなされている。3階はフロアが半分に区切られ、それぞれ、漢字の研究では世界一とも言われる白川静博士と2008年ノーベル物理学賞受賞者南部陽一郎博士に関する、最先端技術を駆使した展示がおかれている。子供のころからこういう展示を見た子は、誰から言われなくとも自分から勉強したくなるだろうと感動した。市内の図書館も、中学生や高校生がいつも列をなして待っていると聞いた。

夫婦の結びつきが重要

三世代家族の意義と価値は非常に大きい。そのポイントは同じ三世代でも祖父母、父母とそろって同居していること。結局それぞれの夫婦の結びつきが重要なのである。前回もこの誌面を借りて話したことであるが、夫婦の愛は実に深い。ひと月ほど前電車で見た広告。同じく葬儀屋のものだった。題は「天国にいるお母さんへ」。作者は30代のサラリーマンだろうか。お母さんとは彼の奥さんのこと。きっと仲睦まじい夫婦だったのだろう。しかし、奥さんが癌(がん)と宣告され、急逝してしまった。彼は会社に勤めながらも一人娘を育てている。「○○○(奥さんの名前)、あの時は小さかった娘も随分大きくなったよ。貴女にそっくりだよ!」と書かれていた。彼にとっては、娘を愛していることがまるで奥さんを愛しているように思えてならないのだろう。

この言葉は、夫婦の愛の深遠さを考えさせてくれる。河合隼雄先生の著書『家族関係を考える』の中に、愛の十字架との語があった。親子という縦の関係と夫婦という横の関係のはざまに立つ、人間の苦しみに対する表現である。しかし、前述の男性のように、娘を愛することは妻を愛すること、あるいは息子を愛することは夫を愛することとなれば、この問題は解消されるのではないだろうか。きっと本来はそうなのだろう。娘を愛すれば愛するほど、妻への愛は深くなるのだろう。息子を愛すれば愛するほど、夫への愛は深まるのだろう。努力すれば、夫婦の愛はその域に到達するのだろう。

なでしこジャパンをワールドカップ優勝へと導いた佐々木則夫監督。「自分は妻を最高に愛しています。妻を愛していない人が監督をできますか。自分は、ワールドカップ優勝の金メダルを、決勝戦を観戦していた妻と娘に捧げました」。実に見事な、また意味深長な言葉である。