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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

五千円札の肖像・樋口一葉の若き晩年”奇跡の14カ月”と霊魂不滅

「上杉の隣家(となり)は何宗かの御梵刹(おんてら)さまにて、寺内広々と桃桜いろいろ植えわたしたれば、此方(こなた)の二階より見おろすに、雲は棚曳く天上界に似て、腰ごろもの観音さま 濡れ仏にておわします」(『ゆく雲』から)。

銀杏(いちょう)の葉の黄葉が美しい東京大学(東京・本郷)の赤門前、道路の向かい側の横丁を入ると、「濡れ仏」を安置する浄土宗法真寺がある。境内のすぐ東隣が、五千円札の肖像に見る樋口一葉(本名・奈津)が幸せな幼少時を過ごした旧居「桜木の宿」跡だ。

だが、17歳で父親を失ったあとは、女戸主として母親と妹をかかえて生活苦が続いた。近くの菊坂を下り途中から左に横丁を入ると、昔の共同井戸が残り、辺りは遠く明治の佇(ただず)まいと下町情緒が今も漂う。ここも一葉の旧居跡地。

ここから今は一葉記念館(東京・台東区竜泉=12月25日まで開館50周年特別展「樋口一葉ゆかりの人々」開催中)のあるすぐ近く(下谷竜泉寺町)に転居し、荒物・駄菓子屋を始めるが、9カ月余で畳む。再び、本郷丸山福山町に移った。貧窮生活が続く中、ここで満24歳で夭折(ようせつ)するまでの14カ月間に、名作・代表作を一気に書き遺(のこ)した。「文学界」に発表した「大つごもり」に始まり、竜泉時代の生活体験をもとにした「たけくらべ」は、生涯出会うことのなかった文豪・森鴎外が絶賛したほど。ほかに「にごりえ」「わかれ道」「十三夜」など、のちに若き晩年、”奇跡の十四カ月間”と呼ばれる時期の作品である。

作品では、古い世界に生きる女性の姿と心持ちを詩情あふれるタッチで描き、実生活では、貧乏文士の質屋通いはよくあっても、馴染みの質屋が香典を手に焼香に駆けつけたのはこの人ぐらい、と感心されるほど律儀な人間性を貫いた。

カール・ブッセの詩「山のあなた」の名訳で知られる前の若き上田敏に、病床で先行きのない一葉が語った言葉がある。霊魂不滅を信じるという上田に「人間の愛情は親を思ひ、妻を思ひ、また兄弟を思ひ、大にしては国を思ふ」「こうした愛の存在は、霊魂不死ということを証明する唯一の最も有力な証拠でございましょう」と同感したという。

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一葉というのは、桐の葉のこと? と問う歌の先輩に、一葉は「達磨(だるま)さんの葦(あし)の葉」 だと答えたという。すでに、波間に浮かぶ一葉のはかなげな様を自らに重ねていたのかもしれない。最後の歌は〈木枯の吹音(ふくおと)寒き冬夜(ふゆのよ)はかけても君の恋しかりけり〉だった。

立冬(8日)に入る11月だが、小春日の残る明治29年(1896年)23三日に一葉は、その才華を残して短い生涯を閉じた。終焉(しゅうえん)の地の碑は、都営地下鉄春日駅に近い白山通りの紳士服量販店前にある。