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歴史と家庭

ジャーナリスト 高嶋 久

大国主とスセリビメ——出雲に王国をつくり後に天孫のニニギに譲る

母や妻に助けられて王となった大国主は、大和に国譲りをして出雲大社に祀られた

いなばの白うさぎ

改正教育基本法に基づく新学習指導要領により、今年の小学校低学年の国語教科書に「いなばの白うさぎ」や「やまたのおろち」の神話が登場しています。長い間、神話は史実ではないとして、神話は教科書から姿を消していました。

しかし、世界のどの民族にも国の成り立ちにかかわる神話があります。古代から語り継がれてきた神話が科学的でないと否定するよりも、その話を通して先祖たちが何を伝えようとしたのかを知ることが大切です。

世界中の民族を調べたイギリスの歴史学者アーノルド・トインビーは「12、3歳くらいまでにその民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく亡んでいる」と言っています。神話とは民族のルーツを教える物語なので、当然かもしれません。

そこで今回は、「いなばの白うさぎ」の主人公で出雲大社に祀られている大国主を紹介します。大国主は『日本書紀』ではスサノオの息子、『古事記』などではスサノオの六世の孫とされています。大国主はほかにも大穴持命(おおあなもち)、大己貴命(おほなむち)、大物主神(おおものぬし)などの名前を持ち、インドの神・大黒天と習合して大黒様とも呼ばれています。

母に助けられ

国産み神話のイザナギ・イザナミの夫婦神から生まれたのがアマテラスとスナノオの姉弟で、それぞれ天の国・高天原と地の国海原を治めることになります。高天原で乱暴を働いたため追放されたスサノオは出雲の鳥髪山(とりかみやま)に降り立ち、そこで八岐大蛇(やまたのおろち)に食べられようとしていた櫛名田比売(くしなだひめ)を救い、妻とします。これが神話の「やまたのおろち」です。

八つの頭を持つ大蛇は八つの荒れた川で、スサノオはその治水を行ったと解釈されています。また、この地域は古代よりたたら製鉄が盛んだったことから、製鉄の燃料に木を切り過ぎたので、山が荒れて洪水になったとも言われます。

三世紀末に書かれた『魏志』倭人伝に、韓半島南部の弁韓から倭が鉄を盛んに買っていたと書かれています。当時の日本は弥生式農法の拡大期で、鉄製農具の需要が高まっていたことが分かります。もちろん、鉄は武器にも加工され、それを持った部族が他の部族を統合し、統一国家が形成されていったのです。

白うさぎの話は、スサノオの息子の大国主が多くの兄弟神(八十神)と競いながら、母の協力で最初の妻・稲羽の八神上売(やがみひめ)を得る物語の中で語られます。大国主は兄弟に二度も殺されるのですが、母に助けられます。こうした死とよみがえりの話が神話には多くあります。

この物語の背景にあるのは、出雲の大国主が稲羽にも支配を広げたことだとされています。また、うさぎを助ける大国主のやさしさや、ガマの穂を使ってただれた皮膚を治すなど薬の始まりも語られています。

妻に助けられ

生き返った大国主は母の勧めで、根の国にいるスサノオの元に行きます。根の国とは異界のことで黄泉(よみ)の国ともされます。柳田国男は沖縄の「ニライカナイ」信仰との類似から、根の国は本来は「生命や富の根源の地」だとしており、日本人の他界観がうかがわれて興味深いものがあります。

スサノオの家を訪れた大国主は、スサノオの娘のスセリビメと相思相愛になります。「とても立派な神が来られました」と娘が紹介する大国主に、スサノオは試練を与えます。

最初は、蛇がいる部屋に寝させられますが、スセリビメが「蛇が食いつこうとしたら三度振るように」と言って渡した布を振り無事でした。翌日の夜、スサノオは大国主をムカデと蜂がいる室で寝させましたが、スセリビメがそれらを防ぐ布を渡したので無事でした。

次にスサノオは、広い野原に鏑矢(かぶらや)を射て、その矢を拾ってくるよう大国主に命じます。大国主が野原に入るとスサノオが火をつけ、燃え広がります。すると、ネズミが出てきて、「内はほらほら、外はすぶすぶ」と言うので、地面を強く踏むと穴が空いたので、その中で火をやり過ごしました。そして、泣きながら葬式の準備をしていたスセリビメのところへ、大国主は矢を持って現れたのです。

最後に、大国主はスサノオが寝ている隙に、スサノオが追いかけられないように髪を部屋の柱に結びつけ、大きな石で部屋の入口を塞ぎ、スサノオの大刀と弓矢、スセリビメの琴を持ち、姫を背負って逃げ出します。その時、琴が木に触れて鳴り、スサノオが目を覚まします。

スサノオはこの世との境の坂まで追いかけてきましたが、そこであきらめ、大国主に「その大刀と弓矢で八十神を追い払い、おまえが王となってスセリビメを妻とし、立派な宮殿を建てて住め」と言ったのです。その通り、大国主は出雲の王となりました。

その後、高天原から天孫降臨したアマテラスの子孫ニニギに大国主は国を譲り、「その代わりに私が住む大きな宮を建ててほしい」と願います。そこで建てたのが出雲大社で、発掘された当時の柱から、高さが96メートルもある巨大建築だったことが分かりました。実際には、ニニギのひ孫・神武天皇が東征により大和に築いた王国に出雲王国が統合されたのでしょう。その後、高天原から天孫降臨したアマテラスの子孫ニニギに大国主は国を譲り、「その代わりに私が住む大きな宮を建ててほしい」と願います。そこで建てたのが出雲大社で、発掘された当時の柱から、高さが96メートルもある巨大建築だったことが分かりました。実際には、ニニギのひ孫・神武天皇が東征により大和に築いた王国に出雲王国が統合されたのでしょう。