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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

「一陽来復」を祈り、一富士、二鷹、三茄子の初夢に小松菜の雑煮

週刊誌のグラビア頁に定期掲載される伊勢名物「赤福」の見開き広告〈季節の/たよりは/家族の絆〉が好きで、よく目に留める。あんころ餅大好き大好きの甘党ではあるが、のどをごっくんさせて見るわけではない。二十四節気にちなむ写真と行事などの小文の季節感が実に生き生きとしていて、ぴったりときて、心安らぐからである。

旧臘(きゅうろう)15日号は、伊勢神宮参道の鳥居と宇治橋の先に昇るご来光の写真で二十四節気は「『冬至』(12月22日.1月5日)」。これに「一陽来福」の四字熟語が付いて「宇治橋の真ん中から出るお日様を拝もうと/冬至の朝は、毎年、家族みんなで待ちます。/お日様が生まれ変わるという日。/光が射すと暖かさが体中に広がります。」とある。

キャッチコピーをしばらくながめていて、「一陽来福」? うーむ「いちよう・らいふく」はこんな四字熟語だったっけ、と広辞苑を開いた。「一陽来福」はなく「一陽来復」があった。①陰がきわまって陽がかえってくること。陰暦11月または冬至の称。②冬が去り春が来ること。③悪い事ばかりあったのがようやく回復して善い方に向いてくること。——という意味である。

世界の国の中には、1年のうちで最も夜の長い日である冬至を境に春の始まりとしたり、新年とするところもある。日本では、煩悩(ぼんのう)を吸い取り、消し去るという大晦日(おおみそか)の年越し百八つの荘厳な除夜の鐘を聞いて、明けて新年、新春を迎える。いずれにせよ、今の日本は今年ほど、東日本大震災、津波、福島原発事故を乗り越えて「一陽来復」を願いたい年はないであろう。そう思うと、「復」を「福」に差し替えた赤福の四字言葉も、キャッチコピーを超えた家族みんなの祈りと春を呼ぶ暖かな心を伝えていて快い。

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年が明けて初夢。昔は除夜の夢を初夢としていたとも言うが、今は正月二日の夜に見る夢が初夢である。一富士、二鷹、三茄子(なす)が良い夢だとされるのは、徳川家康が言いだした、とされる。そのココロは〈無事(富士)に、こころざし高(鷹)き、事を成す(茄子)〉とか。茄子? には家康の好物とも、あるいは初ナスの値の高さを示す言い方とも解釈されている。

近くの畑や猫のひたいほどのわが家の市民農園では、雑煮に合う小松菜(八代将軍吉宗の命名)の緑が元気だ。〈小松菜の一文束(いちもんたばね)や今朝の霜〉 一茶