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愛の知恵袋 51

家庭問題トータルカウンセラー 松本 雄司

世界が”家族の絆”で結ばれますように

あの日から1年…

まもなく、3月11日。東日本大震災のあの日から、ちょうど1年を迎えます。

先日、大分市内で知人の被災者支援活動の報告会に参加しました。彼らは3回にわたって大分から現地に行き、支援活動をしてきた市民有志のグループです。

1回目は昨年3月、一人の医師とタクシー会社社長が協力して、「赤ちゃんが危ない、とにかく行こう!」と震災直後に乳幼児を助けるための活動をしました。2回目は6月、「冷房もない避難所で暮らす人たちのために」と、運送会社の協力を得て、4トントラックでうちわ5千本と冷蔵庫、洗濯機、扇風機などの支援物資を届けに行きました。3回目は9月、「やろう運動会! 子供たちの笑顔のために」と、生活物資の支援の他に、全てを流されて何の行事もできなくなった保育園に道具を持参して、運動会を開きました。時間を忘れて嬉しそうにはしゃいでいた子供たちの顔が忘れられないと言います。

活動報告の後、5〜6名ずつに別れ、「今回の震災で何に気づき、何を学び、何を得たか」というテーマで討論会をして、感じたことを率直に話し合いました。その後、各グループの討論結果発表の時間があり、私も一つのグループの発表役に指名され、メンバーの言葉を要約して話をさせていただきました。

家族、血縁、地縁の大切さ

ほとんどの人が、今回の大震災を通して強く感じたことは、「改めて、家族というものの大切さを考えさせられた!」ということでした。そして、極限状態におかれたとき、「家族がいて互いに助け合うことができる」ということが、いかにありがたいことであるかということを痛感したといいます。

もう一つは、「地縁、血縁の付き合いの大切さ」ということです。近年、日本では急速に、親戚縁者との付き合いが減っています。さらに、地域でのご近所との家族付き合いがなくなりつつあります。その傾向は都市部ほど顕著です。非常時には、隣近所の緊急連絡網や助け合いが、生死を分けることになります。

これらの失われつつある「家族」「親族」「地域社会」との親密な交流をどのように再生すればよいのか、これも真剣に考えていかなければならない問題です。

”いのち、てんでんこ”

討論会の最後に話が及んだことは、「今回の東日本大震災は、決して他人事ではない」という点でした。日本列島ならどこに住んでいても、災害の危険性は避けられません。西日本にも、既に、東海・東南海・南海の大地震の警告が発せられており、いずれも巨大な津波を伴うことが予想されています。しかし、現場の自治体では、大津波などに対する具体的対策と市民への充分な啓蒙や避難訓練は、ほとんどなされていないのが実情です。

では、各家庭での非常時の備えはどうか。討論したグループの皆さんに聞いてみると、Tさんは、大震災後、家族で話し合って、いざという場合に落ち合う避難先を決めたそうです。また、Sさんは、水や救急品を準備したと言います。

”前車の覆るは、後車の戒めなり”ということわざがあります。あまりに大きな尊い犠牲を払った東日本大震災から、私たちがいかに多くの教訓を得て、それを生かすかということこそ、最も重要なことではないかと思います。

国と自治体としての防災対策は言うまでもありませんが、私たち自身においても、いざという場合に、「自分の命をどう守るか」を考えておくべきであり、また、少なくとも、「災害時、どこで落ち合うのか」を、家族で話し合っておくことが必要だと思います。

津波の時は、自分の命を自分で守れ!”いのち、てんでんこ”です。

”日本人の絆”から”世界人の絆”へ

先ほどの大分からの支援活動も、一人の医師の呼びかけで始まった小さなグループの活動であり、膨大な被災者の救援という現実の課題に、はたして、どれだけの力になれただろうか!という思いもあったようですが、私は報告を聞きながら、何度か胸が熱くなりました。

このような活動は、規模の大小や効果より以上に、同じ人間として、被災者の痛みを分かち合い助け合っていこうとする、その〝こころ.こそが、何よりも尊いものだと感じました。このような〝助け合いの精神.が生きている限り、日本という国はどんな困難も克服していけるに違いありません。

九州から見れば東北は遠い遠い土地です。しかし、千キロの道をも遠しとせず、昼夜を忘れて車を走らせたその情動は、いったいどこから来たのでしょうか。それは、きっと”同じ日本人が…”という思い、他人事ではない”家族なんだ”という気持ちではなかったかと思います。

2011年という年を象徴する言葉は”絆”でした。この1年は、震災、津波、放射能、洪水などの大災害で耐え難い痛手を受けた年ですが、それが私たち日本人の心に、失いかけた〝大きな家族.としての”絆”を蘇らせてくれたのです。それこそが、今後の日本にとって何ものにも代え難い尊い宝物になるでしょう。

さらにまた、この大震災に対しては、かつてないほど世界の多くの人々が同情と支援を寄せてくれました。目を海外に転ずれば、世界は今も深刻な戦争と災害、病気と貧困に苦しんでいます。私たちは、心の絆をさらに広げて、世界中の人々が、人類全体をひとつの”大家族”として実感できる日を、一日も早く来させなければならないと思います。