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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

雛祭りと桃の節供は女児の行事でも、春を告げる季節の彩り

「老いゆく日々の命のかがやきを、いぶし銀にも似た見事な筆で描く傑作長編小説!」と作家・丸元淑生氏が評した。藤沢周平さんの時代小説で、元藩用人の隠居後の日常を連作で描いた『三屋清左衛門残日録』(文春文庫)の終章「早春の光」に、こんな件(くだり)がある。

——そうか、平八。/いよいよ歩く習練をはじめたか、と清左衛門は思った。/人間はそうあるべきなのだろう。衰えて死がおとずれるそのときは、おのれをそれまで生かしめたすべてのものに感謝をささげて生を終えればよい。しかしいよいよ死ぬるそのときまでは、人間はあたえられた命をいとおしみ、力を尽して生き抜かねばならぬ、そのことを平八に教えてもらったと清左衛門は思っていた。/家に帰りつくまで、清左衛門の眼の奥に、明るい早春の光の下で虫のようなしかし辛抱強い動きを繰り返していた、大塚平八の姿が映ってはなれなかった。

清左衛門の若き日の同僚で同世代の平八は、軽い中風で不自由になった足の回復に今でいうリハビリが欠かせないのに、外に出る気力まで失っていた。その見舞いに行く家の近くで、まったく力の入らない片方の足に体が傾くのを杖を支えに、ゆっくりゆっくり動く平八の後ろ姿を認めて後ろを振り向かずに引き返したのである。

引用の件は、そのあとの主人公の胸を波打っていた平八への思いである。

弥生(やよい)3月は春の訪れを実感する月だが、今年は東京でも1月下旬に6年ぶりに積雪4センチを記録し、北・裏日本でも記録的大雪となるなど、したたかな冬だった。そのために百花に先駆けて咲く梅の開花も遅れた。

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暦の上では立春から1か月となる3月は、虫が地中から這いだす啓蟄(けいちつ)(5日)と春分(20日)と春たけなわの仲春となるが、実際の春はまだこれから。それでも女児の雛祭りと桃の節供は、春の到来を告げる季節を彩り、心を弾ませる。1年に五つある節供は中国がルーツの行事で、季節の節目に時季の供え物(植物)をして長寿健康を願う。1月・七草、3月・桃、5月・菖蒲、7月・笹、9月・菊と、それぞれ当時の薬用植物が選ばれている。3月の桃は、実ると今流にいうと免疫力を高める果実の一つとしてマンゴー、バナナ、アボガドなどと名乗りを上げる。

3月は1年前の大震災抜きでは語れない。直後の救援から、復旧・復興を目指す被災地の歩みは平八のように辛抱強く続く。復興はこれからが本番。その支援に官民とも心を砕き、引き続きできることをできるところで精一杯続けよう。

〈伊豆の海紺さすときに桃の花〉 沢木欣一