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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

日本人は咲いた桜を見上げて元気を得て、明日の活力としてきた

4月——。今年ぐらい桜のシーズン到来が待ち遠しい月もないであろう。

言うまでもなく3.11東日本大震災から1年を過ぎて迎える4月である。昨年も桜は、いつもの年と変わりなく華やかに咲きパッと散っていたのであろう。だが、昨年の花は見たのか見なかったのか、見たのならどんな色に映ったのか、わずか1年前のことなのにほとんど覚えていない。もし、見ていたとしても、花びらは淡いピンクの手のぬくもりを感じさせる色ではなく、心の内を映してうす暗い雲に同化した灰色じみた色だったに違いない。

あの大震災を被災地でなく東京で体験したのであるが、震災と震災による東電福島第一原発の事故対応の緊張が続く中で、4月になっても他のことにはほとんど関心が向かなかったのであろう。

そして、1年が過ぎた4月である。復興の難儀はなお続くが、今年は被災地の人にも昨年の分を加えて桜を楽しんでもらいたいし、私もたっぷり愛(め)でたいと思う。

花祭りはお釈迦様の誕生日(8日)を祝う仏教行事であるが、日本では五穀豊穣(ほうじょう)の願いを先に祝う予祝(よしゅく)行事と結びつき、お花見が盛んになったと言われる。桜は昔から穀類の神が宿る聖樹とされてきた。桜の「さ」は「田神(さがみ)」の「さ」で田の神のこと、「くら」は「座(ざ)」のことで、桜は田の神がおられるところだった。

そこで、人々は春の温かなひととき、美しい花の姿となった田の神を客に迎えて、お祓いをし宴を催した。これが花見のいわれで、今は神聖な農祭事というよりも都会での会社コミュニティなどの行事に俗化してしまった。昔は桜も葉の芽のうす緑を映した緑がかった白い花の山桜(自生種)で味わい深かったのが、今はソメイヨシノ(園芸種)にとって代わったが、いずれにしても日本人の心と桜は切っても切れない縁で結ばれてきた。

日本人は咲いた桜を見上げて元気を得て、明日の活力としてきたのである。

桜

この10年ほどは武蔵野の面影が残る東京西郊に住んだお陰で、井の頭公園や神田川、玉川上水沿いで、シーズン中になると駅への行き帰りに自然に日常的に桜に親しんできた。それで今年は特に、東大の小石川植物園(東京・白山)にまで出かけてみようと思っている。弘前公園(青森県)のそれとともに、ここに樹齢130年以上で日本最古のソメイヨシノだと言われる樹があるからで、今から胸をときめかせている。

〈これはこれはとばかり花の吉野山〉 貞室(ていしつ)