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誌上講演会

真の家庭運動推進協議会副会長 太田 洪量

災後1周年を迎えて

アメリカの活力源

昨年10月ある機会に恵まれ、米国中西部のカレッジを訪問することがあった。外来客用の宿泊施設に3泊したのだが、アメリカの大いなる田舎と言われる中西部に滞在したのは初めてであった。その街自体もキリスト教プロテスタントのメノナイト派が開拓し、そのカレッジも同派が建てたミッション・スクールであった。キャンパスは極めて清潔、たばこを吸いながら歩く学生も見当たらない、男女が手をつないでいる姿もない。驚いたことに、男女が夜10時を過ぎて同部屋にいると、50ドルを課せられるそうである。

何名かの先生方とも話したが、皆さん、立派な方々ばかりである。29歳の女性教授は、メキシコの大学院に2年間留学、スペイン語が堪能である。その動機が、米国に多く住むスペイン語圏の学生に英語を教授する方法を習得するためであったとのこと。留学生に責任を持つ男性教授は、アラブ圏やインドに長期間、農業のボランティアに行っていた等々。

街全体も静かで、自然環境も保護され、治安も極めていいものだから、市が積極的に誘致している施設に、近郊の州のみならずかなり遠方からも老人夫婦が移り住んできているとのこと。

自分は、旅の疲れや時差ぼけも吹っ飛んで、米国の未知の世界に触れた感動に浸りながら、キャンパスの中を散歩したものだった。案内してくれた方の話によると、何もここだけが特別なのではなく、保守系キリスト教が強いと言われる中西部全体が似たような雰囲気だと言う。

ここに来るまでは、米国の活力は移民や全世界から集まってくる優秀な頭脳にある、とだけ考えていた判断は見事に打ち砕かれた。「そうか! アメリカの活力源は米国自体内にもあったのだ! むしろそちらの方が大きいのだ!」。

深刻な日本の状態

その国が帰ることのできる、しっかりした精神的支柱がある国家は強い。翻って、我らが日本はどうだろうか? どうしてもそこに思いが巡っていく。東日本大震災で、日本はどこまで変わりきれるだろうか? 確かに震災以前の精神的状態は悲惨であった。それは、若者の姿、家庭状況に最も強く表れる。まず少子化。平均初婚年齢は男性30.2歳、女性28.5歳、年ごとに晩婚化が進んでいた。女性の特殊出生率は1.37。このままいけば日本の人口は2050年に9千万、2100年には7千万と減少する。単純に計算すると、90年後には国力が約半分近くになってしまう。離婚率は1970年の2倍。子供の教育上、重要性が再認識されている三世代家族の割合は、1980年の50.1から2009年度17.5%と三分の一近くに落ち込んでいる。

ある意味で、もっと深刻な指摘がある。80年代の終わりか、90年代の初めか、雑誌(「小学一年生」)の表紙写真を戦後一貫して撮り続けてきたカメラマンの方の話。その表紙はその時その時の小学一年生の男児と女児の顔写真で飾られていた。戦後、月ごとに子供たちの顔をレンズ越しに見てこられた方である。「女の子の顔はあまり変わってきてないけれど、男の子の顔は女の子っぽくなり軟弱化している」と。

この指摘に正直私も衝撃を受けた。恐らく、この度合いは近年もっと増している感がする。海外に留学に行く日本の若者が激減していることはよく言われていることだが、先般それを斡旋している学院に勤務している方と話す機会があった。「日本の若者は、英会話等のスキルは身につけていても、コミュニケーションしようとしない。それは特に男子に顕著である」とのこと。こんな国難の時に男性の軟弱化とは、大変な問題である。

精神問題が経済・政治に反映

以上のような精神的問題は、当然政治や経済面にも如実に表れる。東日本大震災後、よく言われるようになった産業の空洞化は、実はそれ以前からも指摘されていた。日本製工業製品の海外生産比率は、1985年—3.0%、1990年—6.4%、2009年—17.8%、今はこの動きがもっと加速されている。デジタル化される工業製品は、いわばコンピューターとロボットでつくれる。そうなるとコストの安価なところが有利である。

現在は、韓国や中国勢に押しまくられているのは、主に電気製品であるが、自動車も時間の問題となろう。5年後には電気自動車の時代が来る。そうなるとエンジンはいらない、デジタル化できるモーターとなる。ある韓国の友人の話。「アイフォーンやスマートフォン等は、昔だったらSONYが出していたのではないか」と。シャープ、パナソニック、そしてそのソニーも大幅赤字。劣勢をひっくり返すような創造性が出てくるだろうか? そのうちトヨタ、日産、ホンダ等も…。

政治の世界では、この人材の矮小化はもっと深刻な問題をさらけ出している。1千兆円にも上る国の借金を放置したまま、何ら有効な手立てをせず、少子化問題も抜本的な解決策を考えてこなかった。TPPの前哨でもある2か国間のFTAやEPAでも、市場の小さな国とばかり結んできた。そのために必要な農業の改革も手付かず。米国や、韓国の指導者から「ゆでガエル」と馬鹿にされているのも”むべなるかな”である。

日本復興の鍵

日本は、10〜20年後には三等国家に落ち込んでしまうのではないか…。このような切羽詰まった状況の時に起きたのが、東日本大震災であった。2万名の方が犠牲となられた未曽有の大災害。残された私たちはどうすべきか。失われたこの尊い生命を、最大に価値あるものとしなければならない。言葉で表現してしまうと、冷たく響いてしまう。この奥に無限の涙が込められていることを決して忘れてはならない。

震災後、価値観の変化が大きい。最大手の結婚斡旋所では、女性の結婚志望者が、全国で30%、首都圏では63%、増加したという。高卒、大卒の就職希望先が、給料の高いところから家族が近くにいるところへと変わってきた。その変化の極めつけが、気仙沼市立階上(はしかみ)中学卒業式での梶原裕太君の答辞「…このような苦難の中にあっても、天を恨まず…」であろう。

仙台で伺った話。宮城県村井知事が(多少の表現違いはお許しください)、「自分は貧乏くじを引いた。どうしてこんな時に宮城の知事になったのか? しかしあるとき、神の声を聞いた、『だからこそあなたを知事にしたのだ』と。この時から完全に吹っ切れた」。これらお二人は、絶対者と自分を結びつけてきたという点で、特に重要である。

日本の再生をどうすべきか。人口比で見ると、福井県と山形県の社長の数が全国1、2位、地元企業が多い。社長が多いということは、主体性が強いということ。その中には技術力が極めて高いのもある。世界一の絨毯、世界一のニット等々。技術力が高いということは創造性があるということ。郷土を想う気持ちも強く、学力も高い。その背後には三世代家族の割合が、全国1、2位ということがある。要するに、祖父母、父母、孫と代々続いている家庭で生まれ育った人々は、創造性、主体性が多い。ここに日本復興の鍵があると思う。

いま日本に最も願われているのは、主体性、創造性のある若者の出現ではないか。そのためには、夫婦の絆、親子の絆が何よりも肝要であるということ。東日本大震災でその兆しが見えてきた。しかし、「のど元過ぎれば熱さを忘れる」。日本人の心は変わりやすい。震災後の変化が永続し定着するために何が必要か? それは、この絆思想が、絶対者と結びつくことではないだろうか。そうすれば、日本はきっと変わり得る。そう想われて仕方ない。