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誌上講演会

真の家庭運動推進協議会副会長 稲森 一郎

国づくりの基礎は家庭にあり

データが語る日本の家庭崩壊

幾つかのデータを見ると、我が国の家庭の崩壊がはっきりと分かります。例えば、「平成17年国民生活基礎調査」(厚労省)によれば、「一人親と未婚の子のみの世帯」は、1985年には171万8千世帯で、それが2005年には296万8千世帯にまで増えています。20年間で1.7倍にも膨れ上がったのです。もちろん、これは、主には、離婚による母子家庭の増加を意味しています。7年前のデータですが、現在も、同じようなデータか、もしくは、更に悪化しているかもしれません。

総務省は、家族類型調査を毎年、出していますが、最近のものを見ますと、日本では、一人暮らし世帯が3割を超えており、世界にも類例を見ないような「孤独な人々」の生活を垣間見る思いがします。この「一人暮らし」ですが、男性は10人に1人、女性は5人に1人ということで、特に、女性の一人暮らしの比率が高く、男性の2倍です。一人暮らしは、高齢層だけでなく、若者層にも及び、孤独な一人暮らしをしている日本列島の姿が浮き彫りになってくるのです。家庭生活あるいは家族生活をしていない人々がこれほど多くいるというのは明らかに異常であると言わざるを得ません。まさに、多くの人々が「愛欠乏症」にかかって暮らしていると言ってもいいでしょう。

無縁社会、孤独死、孤立死が、連日のニュースで報じられ、高齢層だけでなく、若者層にも同じような状況が押し寄せているという深刻な社会問題を解決しなければ、日本は家庭という場を滅ぼすことによって、社会が活力を失って枯れ果て、挙げ句の果ては、国家自体が自滅するかもしれないという危機感すら抱かざるを得ません。これは実に深刻な問題です。

大統領のスピーチ

米国の第41代のブッシュ大統領(在1989年1月〜1993年1月)が、彼の政治的な事績を云々することを別にして、「最も大切なことは、ホワイトハウスで何が起こっているかではなく、あなたの家庭で何が起きているかです」と語り、アメリカの中で最も重要なことは、ホワイトハウスの出来事以上に、アメリカ国民がいかなる家庭生活を送っているかについて配慮する発言を行ったことは有名です。このような発言の背後には、もちろん、家庭崩壊の著しいアメリカの現実があることは想像できますが、大統領という立場から、そのようなことを決然と言い放った勇気と慧眼(けいがん)は評価されるべきでしょう。

アメリカは現代のローマであるとよく言われます。そのローマ帝国(前27〜後395)ですが、強大な世界帝国もやがてほころび始め、帝政ローマはおよそ400年間で寿命が尽きます。ローマはなぜ滅んだかというテーマは、現在も、歴史家の間で論議が尽きませんが、一つにはローマ帝政末期の性の紊乱(びんらん)と少子化および風紀倫理の全国民的な頽廃(たいはい)があったと指摘する論者も少なくありません。もちろん、政治的、経済的、軍事的理由など、それには異論もありますが、一概に否定することのできない歴史の真実であります。ローマは戦争に負けて滅んだのではなく、また、外敵によって滅んだのでもなく、倫理崩壊の国内的要因が引き金になって滅んだという見方です。

アメリカの場合はどうでしょうか。1960年代のベトナム戦争たけなわのとき、アメリカでは「Love & Peace」を掲げて、学生や若者がカウンターカルチャーの反体制運動を起こしました。共産主義の拡大を防ぐという大義名分でベトナム戦争を戦ったアメリカでしたが、国内ではその大義が十分に理解されず、若者たちは反戦運動に走ります。彼らのスローガンとなった「Love & Peace」は「愛と平和」の意味ではありません。「Love」はフリーセックスの意味であり、「Peace」はベトナム戦争反対の意味です。

結果的には、アメリカ国内の社会秩序と家庭が揺らぎ、ついには、ベトナム戦争にも敗北を喫するという国家的な恥辱を味わい、アメリカの威信は地に落ちました。このように見ますと、性倫理の乱れによる家庭崩壊は、国家の力を根底から揺さぶるのです。アメリカはそれを手痛い教訓として味わいました。ブッシュ大統領のスピーチもそのような現代アメリカの歴史的背景を勘案して考えてみますと、一理も二理もあると言ってよいでしょう。日本は、この教訓を人ごとのように見ることはできません。

日本復興の鍵

アメリカの例に見る通り、日本でも同じことが起きている可能性が大いにあります。わが国が、今日、国家の勢いを失っている一つの要因に、性倫理崩壊、家庭崩壊を挙げなければならないとしたらどうでしょうか。それほど反論はできないはずです。出会い系サイトで溢れるような社会は、若者も大人も自由恋愛、フリーセックスの倫理逸脱を物語る以外の何物でもありません。人間の尊厳を守る社会ではなく、人間が人間に牙をむき、欺き合い、奪い合うような獣状態に堕ちた社会です。

倫理観喪失は、人間をして、誠実さを欠かしめ、責任と義務を怠らしめる人間破壊の要素を持っていることは明らかです。今日、頻繁に耳にする様々な不祥事は、注意力の散漫や無気力、あるいは無責任などの、明らかに、緊張感の欠如と言えるものに言及される事例が余りにも多いことに驚かされます。また、東日本大震災が明らかにした政府、企業、行政などの組織の制度疲労化現象です。危機に対する対処能力を欠いた組織の病状は深刻であることが分かりました。これも根本は、人間資質の後退もしくは自閉化、あるいは自閉化からくるコミュニケーションの欠如、情報交換の欠落と言っていいかもしれません。倫理崩壊がはびこる日本の現在の社会的風潮が、このような人間状況を生んでしまったとされても仕方がありません。

一国において、国力が次第に衰えていく要因は、実は、このような人間資質の健全性の度合いが失われていく過程の中にこそ隠されているのではないでしょうか。古代ローマ帝国がそうであったように、現代アメリカの60年代、70年代がそうであったように、人間資質の後退、頽廃がもたらす国家弱体化の道のりです。少し言い過ぎになるかもしれませんが、駄目な国民はだめな国家を作るしかないとなるのは論理の帰結であると考えざるを得ません。逆に、しっかりした国民はしっかりした国家を作るのです。

国家の基礎がしっかりしており、国家が繁栄と発展を遂げている状態は、国民の勤勉性、国民の倫理性などの高さに依拠することは言うまでもありませんが、それでは、それらの国民性を生み出す根拠地となるところはどこかと言えば、家庭と学校そして地域社会です。中でも、第一義的な場所が家庭であり、次に、学校が来ると考えられます。地域社会も重要な役割を果たします。これらを「絆」という言葉で言えば、「家庭の絆」「学校の絆」「地域の絆」となります。

家族として生きる

現代アメリカを代表する良識派の学者と言えば、恐らく、ウィル・デュラント(1885〜1981)がその一人に数えられるでしょう。彼の妻アリエル(1898〜1981)も有名な人ですが、二人は仲良く、1981年に亡くなっています。歴史家として、哲学者として名をはせたウィルは「家庭は文明の核である」とまで言い切っています。

私たちは、日本がこれからも、より良い国家として、健全な国家として、人類社会に貢献していくために、励まなければなりません。日本国民はお互いにいさかいを止め、仲良く生きることです。それだけでなく、人類社会全体をも家族として生きていかなければなりません。まずは、足元の自分の家庭を立派に築くことから始めましょう。