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誌上講演会

帝塚山学院大学・名誉教授 川上与志夫

幸せな家庭の条件とは…

人生には、楽しいことやうれしいことが50%、悲しいことや辛いことが50%。何もかもが半分ずつで、調和がとれています。でも、いやなことの多いのが実感です。

だから、毎日の生活を楽しくしないと活力が生まれません。じつは、マイナスをプラスに変える魔法があるんです。その魔法はジョークといたずらと思いきった行動。あの人この人、あの場この場を思い浮かべながら、ちょっとひと工夫。茶目っ気があって、ちょっとひねくれたあなたなら、すぐにできます。理屈より、事例がわかりやすいですね。

(事例1)切ってないのに切れたバナナ

森山家には夫婦のほかにふたりの娘、由美さんと恵美さんがいます。由美さんはOLで恵美さんは大学生。年頃の娘なので、両親には心配の種も…。友だちを必ず家につれて来ることにしていたので、家庭内は若い女性でいつも華やいでいます。

ある日、由美さんが会社の先輩明くんを家に招きました。若い男性の来客は初めてです。両親と妹の恵美さんも在宅。みんなちょっと緊張気味。由美さんは腕によりをかけて、チョコレートパフェに挑戦。出来上がったパフェを五つ、テーブルに並べました。

「あら、忘れ物があるじゃない。上にバナナをのせるんでしょ」とお母さん。

「あっ、そうそう。明くん、そのバナナ、むいてくれない?」と言われて明くん、目の前のバナナを手にとってむきはじめました。するとバナナ、三分の一のところで折れて、テーブルにコロン。えっと驚いた瞬間、三分の二のところで、またコロリン。

「あれー、どうなってんのこのバナナ!なんだか切れてるみたい?」

「何してんのよ、明くん。バナナ折ったりしないでよ」

「だって、おかしいよ、このバナナ…。ぼく、折ってなんかないけど…」

明くん、自分がしくじったのかも知れないなと思い、ちょっと顔を赤らめている。お父さんも恵美さんも怪訝(けげん)そうにのぞきこむ。お母さんと由美さんのいたずらに、だれも気づかない。へへへーっと笑いながら、由美さんが種明かし。

「針に糸をつけて、ぐるっと中味のまわりに糸を巻いて引っぱればいいのよ。針の穴なんて、だれも気づかないわ」

こんなたわいないいたずらで、笑いがはじける家族。「由美さんの家庭ってすてきだな」と明くんは思いました。由美さんの株が上がったのは、言うまでもありません。

(事例2)母の日プレゼント

4年前、お父さんは脳梗塞で倒れ、定年前に退職。お母さんのがんばりで、悠子さんは大学に進学。この春卒業してOLになりました。そしてめぐってきた母の日。

日曜の夜は混むので、一日遅れの月曜の夕方、お母さんは娘に言われたとおり、近くにある行きつけの喫茶店「ほのぼの」へ出向きました。

「あっ、森山さんの奥さん。これ、悠子さんからの伝言です」

渡された二つ折りの便せん。

「ここでのコーヒーとケーキは、食後のデザートにするわ。悪いけどお母さん、駅前の花屋さんで森山ですと言って、花を受け取ってくれない?」

言われたとおり名前をつげると、花屋の姉さん、奥に向かってひと言。すると現れてきたのは、何と…右手と右足の悪いお父さん。左手には赤いカーネーションの花束。

「あなたが、どうして…ここに…?」

「知るもんか…。悠子に聞いてくれよ」

手渡された花束にも、伝言の封筒。日本料理店の「あららぎ」へ来るように…。高価なので、いつも素通りしていたお店です。悠子さんはそこの和室で待っていました。

「あら、ずいぶん気張ってくれたのね」

滅多にありつけない料理に、お母さんもお父さんも大満足。とてもうれしそう。

しばらくの後、三人の姿は「ほのぼの」喫茶店にありました。コーヒーといっしょに出てきたのは、小さいけれどひとつまん丸のショートケーキ。

「まあ、すごい! でも、食べきれないじゃない!」

「いいのよ、お母さん。残ったら、お土産にするから」

ケーキにささっていた大きな封筒。お母さんがそれを開けると、出てきたのは手紙と二枚の旅行券。岐阜の温泉への2泊3日の旅です。おどろくお母さんとお父さんに、悠子さんはいたずらっぽい目つきで、手紙 を読むよう促しました。

「お母さん、お父さん、大学まで出してくれてありがとう。これは初任給に心をこめての贈り物。楽しんで行って来て…。これには父の日の分も入っているのよ」

大した額ではない初任給です。でもその短い手紙と旅行券には、両親への感謝と赤いカーネーションの花ことばがつまっていました。

「母の愛、そして感動。お母さん、ありがとう!」

子供だとばかり思っていたわが娘。母の日と父の日をいっしょにしたチャッカリ屋さん。そのあどけないイタズラに、お母さんとお父さんの目には光るものがありました。

(事例3)愉快な国際交流

夏休みのある日、伊勢へ買い物に行った帰り道、鳥羽へ向かっていたときです。道路わきで二人の西洋人らしい若い女性が、大きなリュックサックを背負って、手を挙げています。「ヒッチハイクらしい。拾おうか」と妻に言いながら、私は車を寄せました。

「どこへ行きたいの」

「鳥羽駅の旅行案内所まで乗せて行ってもらえるかしら」

後部座席に乗っていた娘の両側に、二人を拾い上げました。車中で英語での会話が始まります。二人ともちょっと癖のある英語。二人で話しているときは母国語で話しているけれど、ドイツ語でも、フランス語でも、イタリア語でも、スペイン語でもない。

「君たち、何語で話しているの」

「私はベルギー語」

「私はスウェーデン語」

違った返事が返ってきてびっくり。二人はそれぞれベルギーとスウェーデンから来ていたのです。海峡を隔てた国同士、相手の言葉はしゃべれないけどわかるんだそうです。

泊るところも決まっていない、学生の貧乏旅行らしい。一計を案じた私、二人を喫茶店に誘い、ゆっくり自己紹介して、志摩市のわが家へ来ることを勧めました。ここから四十分ほどの所です。顔を見合わせた二人、どうやら私たちを信用してくれたらしく、「よろしいかしら、お願いしても」と、つつましやかににっこり。

突然の来客には妻も子供も慣れている。夕食には手っ取り早いひと口トンカツとカキアゲ。揚げながらの食事です。二人とも「おいしい、おいしい」と、かなりの食欲。山ほどの千切りキャベツも平らげてしまいました。

翌日は『喜びも悲しみも幾年月』のロケ地になった、安乗の四角い灯台の景勝地へ行ったり、百万坪の公園とレジャー施設のある合歓(ねむ)の郷(さと)を案内したり。二人は大喜び。帰りにスーパーに寄って、二人の希望のバターとチーズをどっさり買い込みました。

お礼にと言って作ってくれたのが、チーズケーキとマドレーヌ。深いコクのある、酪農の国ならではの味。今度は私たち家族が「おいしい、おいしい」と食べました。

目を輝かせる子供たち

二晩目の食事はちらしずしと茶わん蒸し。珍しい食べ物に歓声を上げながら、話がはずむ。行動力のある女子学生の話に、娘と小四の息子は目を輝かせ、「将来あんな風に冒険旅行したい」と、胸をときめかしています。後に、二人ともそれを実現しました。

「とっても楽しかったです。何のお土産もないし、何のお礼もできないで…」と恐縮する二人に私は言いました。

「君たちが来てくれたことが最大のお土産だよ。これはね、ぼくが留学時代に経験したことの恩返し。君たちが喜んでくれて、『旅人をもてなしなさい』という聖書の言葉を忘れないでいてくれたらうれしいな」

しばらくして、ベルギーとスウェーデンからハガキが届きました。それには、「聖書の言葉を忘れません」とありました。

夏休みの宿題の作文に、娘はこんなことを書きました。

「うちのお父さんは変わっています。ときどき外国人を拾ってくるのです。正月には、神社のお祭りを見学していたドイツ人の先生を。その前は、アメリカからの帰りに飛行機の中で隣り合わせた、新婚のアメリカ人夫婦を。そして今度は、ヒッチハイク中の二人の女子学生を。突然のお客さんにお母さんは大慌てしますが、とっても愉快な食事や話が始まります。冒険の話を聞くと、わたしの心には不安と希望と空想が大きくひろがります。ハッチャメッチャな家族だけど、こんな雰囲気の家庭がわたしは大好きです」