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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

小春日和が多い11月は神に感謝する新嘗祭、七五三、酉の市で活気づく月でも

霜月(しもつき)11月は暦の上で冬に入る。二十四節気では上旬に立冬(りっとう)(7日)があり、下旬に〈木々の葉は落ち、平地にも初雪が舞いはじめる頃〉という小雪(しょうせつ)(22日)を迎える。

たしかに小雪を過ぎると、朝晩の冷え込みも厳しくなり、霜のたよりも聞かれるようになる。だが、実際の季節は冬が隣まで来ていることを感じる一方で、華やかな紅(黄)葉が山や森や林一面に燃え上がり、実りの秋の彩りを謳歌している。

春の花見に対して、秋は紅葉(もみじ)狩りと日本人は梅や桜とともに、秋の紅葉を愛(め)でてきた。「紅葉狩り」「黄葉(もみじ)」「照葉(てりは)」「柿紅葉」「銀杏黄葉」「草紅葉」など、俳句でも「紅葉」の季語は数多くある。

四季の変化に富む日本の自然美の中でも、紅葉は今も昔も日本人の心を豊かにしてきた代表的風景の一つ。春と秋は、暑夏と厳冬の間にあってそれぞれに過ごしやすい季節であるが、どちらが優れているのか万葉の昔に、比べた記録もある。万葉集の女流歌人として知られる額田王(ぬかたのおおきみ)は、「春山の万花の艶」と「秋山の千葉の彩」とを並べて歌によって判定を残している。

そこでは「春は鳴かなかった鳥が鳴き、咲かなかった花が咲く美しさがあっても、山には茂みがあって花を折り取ることが難しい。それに対し、秋は紅葉を容易に折り取り観賞できるという点を挙げて」(世界日報・上昇気流=昨年10月23日付)最終的に秋に軍配を上げたという。美しいものは見るだけではつまらない、自分の手にできなくては、というのは、花見と紅葉狩りの「見る」と「狩る」の趣向の違いにも通じる視点かもしれない。

紅(黄)葉の美に息をのむのは、”燃える赤”だけではない。この時季、銀杏並木の”黄金の輝き”も、神宮外苑や改装なった東京駅と皇居を結ぶ「行幸通り」の四列並木、東京・本郷の東京大学内外、新宿御苑はじめ都内至るところで、その神秘の美を味わえるのである。

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秋晴れ好天のぬくい日を小春日和(こはるびより)といい、そんな日が意外に多い11月は、宮中では新嘗祭(にいなめさい)、全国的に七五三の宮参り行事があり、関東では酉(とり)の市が立つなど、神に収穫を感謝する祭りの月でもあり活気づく。

〈大紅葉燃え上がらんとしつつあり〉高浜虚子

〈雲来たり雲去る瀑(たき)の紅葉かな〉夏目漱石