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世界の音楽と家庭[1]

音楽評論家 吉川 鶴生

20人の子供がいた音楽の父

中世音楽からルネサンス音楽へ

中世の西洋音楽には、グレゴリオ聖歌を中心とする宗教音楽と、トルバドゥールやミンネザングを中心とする世俗音楽の二つの潮流があります。中世音楽のあとに続くルネサンス音楽(15〜16世紀)もまた、宗教音楽と世俗音楽(マドリガーレなど)の流れがあり、いつの時代にも二つの潮流が認められると言ってよいでしょう。宗教的なものであれ、世俗的なものであれ、音楽は人々の魂を揺り動かす偉大な力を持っています。

ルネサンス期のベルギーで生まれ、ミュンヘンの地をこよなく愛して、そこで平和な家庭生活を営んだ有名な作曲家にラッソがいますが、宗教音楽、世俗音楽の両方に2千曲ものたいへんな曲を書いています。ラッソの音楽を聴いていますと、非常に平和な思いが伝わってきます。例えば、詩篇の145編、146編を歌った曲※1などは、とても優雅な曲調です。

ラッソの名声は高かったので、いろいろな教会や宮廷からお呼びがかかったにもかかわらず、ミュンヘンでの平和な家庭生活を守り抜き、よそからの高い報酬には目もくれませんでした。彼が旺盛な作曲を成し得た秘密も、家族を愛した彼の精神にあったのかもしれません。

バロック音楽の開花

ルネサンス音楽の次に来るのはバロック音楽と呼ばれる時代(17〜18世紀中葉)です。バロックと聞けば、すぐにヴィヴァルディやバッハを思い起こすことでしょう。そのほかにもモンテヴェルディやテレマン、ヘンデルなどを挙げることができますが、瀟洒(しょうしゃ)な喫茶店などに流れる曲は、大抵、ヴィヴァルディの『四季』※2を耳にすることが多く、余程、人気があると見えます。まさに、バイオリン協奏曲の達人と言えるでしょう。

ヨハン・セバスチャン・バッハが登場する少し前にヨハン・パッヘルベルがバロック期を美しく飾ったことはそれほど知られていませんが、いわゆる、「パッヘルベルのカノン」※3の名で知られる名曲に見る調べの優美さは、世界の人々を大いに魅了した事実によっても、十分にうかがい知ることができます。彼の人間性は非常に素晴らしいものであったということが縷々(るる)語られていますが、最初の結婚は、妻と子供を伝染病で亡くし、2回目の結婚で5男2女をもうけて、愛情豊かな家庭生活を送ったようです。

音楽の父バッハ

バッハ肖像画
Johann Sebastian Bach
肖像画 (1746)

バッハと言えば、「音楽の父」として学んだ記憶が蘇ってくることでしょう。代々、一族が音楽に従事した、いわば、音楽遺伝子の家系であり、その中から大バッハと呼ばれるヨハン・セバスチャン・バッハが生まれ出るわけです。

バッハの子沢山には驚かされます。最初の妻マリア・バルバラとのあいだに7人の子供をもうけ、妻の急死により、2度目に迎えた妻アンナ・マクダレーナ・ヴィルケとの間には13人もの子供が生まれました。合わせると20人の子供をもうけたわけです。こういうバッハですから、おそらく、家庭生活もこの子、あの子というように愛情を注ぐのに忙しかったのではないでしょうか。家計のやりくりも大変だったでしょうが、それでも妻や子供たちに囲まれた楽しい家庭の味わいというものをよく知っていたことでしょう。

バッハはあらゆる音楽手法を手がけ、まるで音楽博覧会場に迷い込んだかのような多彩な作曲ぶりです。それゆえに、「音楽の父」たる称号もあると言えます。バッハの敬虔と信仰はしばしば論じられるところでありますが、それは教会カンタータや受難曲によってよく理解することができます。バッハの曲に興味を感じ、カンタータ、ミサ曲、受難曲、コラール、オルガン曲、室内楽曲、協奏曲、管弦楽曲と聴きまわっていると、その華麗な音楽世界に引き込まれてしまうことでしょう。

音楽は魂を浄化させ、あるいは、疲れた精神を慰労し、また、何かに向かって躍動する心を鼓舞し、また、物悲しい悲哀の感情を呼び起こし、ときには、踊りたくなるような楽しい気持ちを生じさせ、千変万化する人間精神の万華鏡世界を実現させてくれます。管弦楽組曲の「G線上のアリア」※4などは、ほとんど誰もがどこかで聴いたことのある優雅な名曲です。バッハのチェロ組曲※5なども独特の深みがあり、重厚な響きの中に魂が引き込まれていくのを感じます。マタイ受難曲※6などの宗教音楽は、バッハがプロテスタント信仰を強く持っていた証でもありますが、何か霊感に打たれたかのように作曲をしたというエピソードまで伝えられています。バロック音楽は、とりわけ、神に近づく音調を醸し出します。

文中で紹介されている曲は以下のサイトから聴くことができます。
 (クリックすると、別ウインドウまたはタブで外部サイトが開きます。)

  1. オルランド・ディ・ラッソ 「Psalm 145(146) : Lauda anima mea Dominum」
    Orlando di Lasso “Lauda anima mea Dominum”
     http://www.youtube.com/watch?v=KTiUfaKjmyQ
  2. アントニオ・ヴィヴァルディ ヴァイオリン協奏曲集『和声と創意への試み』作品8から第1集「四季」
    Antonio Vivaldi - The Four Seasons (Full)
     http://www.youtube.com/watch?v=nbpAFzyrx5o
  3. ヨハン・パッヘルベル 3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調 第1曲
    Pachelbel - Canon in D Major - perfect version
     http://www.youtube.com/watch?v=EY4DCQdWGTQ
  4. ヨハン・ゼバスティアン・バッハ 管弦楽組曲第3番ニ長調 BWV1068 第2楽章「G線上のアリア」
    Bach’s Air on G String -perfect version G線上のアリア
     http://www.youtube.com/watch?v=U7RYSQvrUrc
  5. ヨハン・ゼバスティアン・バッハ 無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 BWV1007
    無伴奏チェロ組曲第1番 〜プレリュードとサラバンド〜 バッハ
     http://www.youtube.com/watch?v=w-x_5gPa3s0
  6. ヨハン・ゼバスティアン・バッハ マタイ受難曲 BWV244
    Bach-St. Mathew Passion, BWV 244-Part One
     http://www.youtube.com/watch?v=sFHXWoawnt0