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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

2月を象徴する凛とした気品と馥郁とした香りを漂わす梅の花を読む奥行きは深い

のっけから私事で恐縮だが、家内は今年、私より4年早く古希を迎える。父親を早くに亡くした家内は小さいときから苦労をし、高校は夜学だった。東北の農家の母子家庭で5人姉妹の長女だったから、「強くなければ生きていけなかった」とよく呟(つぶや)いてきた。

家内だけでない。5人姉妹の3番目と末(5番目)、奇数番目の妹もなかなか強い性格と個性の持ち主がそろった。そんな姉妹の中で、家内のひとつ下の妹はおだやかでおっとりした性格にみえ、その分やや存在が薄い印象だった。「私が強かったぶん、彼女のカゲを薄くして」という負い目を家内は抱いてきたようである。

昨年11月、久しぶりに里帰りしたあとの家内は、うれしさを隠しきれない様子だった。小学校の同窓会で何かいいことでもあったのか、と聞くと、実はひとつ下の妹がいま、姉妹の中で心身とも一番元気に生活していることが分かってうれしいのだ、と言う。

来年は古希を迎える、その妹の夫は結婚前から交通事故で片足が膝から下が義足だったし、バツイチだった。母親は結婚に難色を示したが、ふたりの粘り強い懇願で渋々認めたという経緯(いきさつ)がある。

ふたりは娘一人をもうけて、家業も順調だったが、10年ほど前に夫が脳梗塞で倒れて以来、右半身が不自由となった。車イスの夫の介護などの毎日に疲れ果てているのでは——と家内はいつも心配していた。

今回の帰省で、家内は妹と本音のところで話し合ってきたが、逆境の中でも妹が生き生きと生活していてホッとしたと言うのだ。妹は、たしかに家計も厳しくなった上に、夫の介護なども大変であるが、今は夫にも頼られる立場。自分が家のこと一切を仕切り生活をやりくりできるのだから、その充実感でかえって楽しく、元気にやっている、と言う。

家内の話を聞いていて、これが〈主人意識と言われるものなのか〉と、70歳に届きかけている家内の妹の気持ちのしなやかな強さ、芯の強さを改めて見直すのである。

梅の花

2月はそんなイメージを象徴し馥郁(ふくいく)とした香りの梅の花の月。いぶし銀の主人公を描く作家、藤沢周平の命日1月26日(平成9年)の「寒梅忌」は「その花の凛(りん)として清げなところ、その香りの高雅なところが故人の人柄や作柄とも通い合って好ましい」(文芸評論家・向井敏氏)と評されるところから。

〈野に咲(さけ)ば野に名を得たり梅の花〉東花坊(とうかぼう)。
この句を長谷川 氏は「商いであれ出仕であれ、惜しまれながら現役を退いている人への賛辞の雰囲気がある」(読売1月10日付「四季」)とも句意をはかる。梅の花もそうであり、それを読む奥行きもまた深いのである。