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世界の音楽と家庭[2]

音楽評論家 吉川 鶴生

家族の愛と平和への讃歌

世俗音楽の隆盛

宗教音楽の対極に世俗音楽があります。世俗音楽と一口に言っても、宗教的な音楽以外のすべての音楽がそうであるならば、非常に広範囲の音楽が含まれることは当然です。歴史的には、オペラの流行によって、その中で歌われる歌が内容的に見ても世俗性を大いに帯びていることは否定できません。しかし、オペラを演じるには劇場が必要であり、また、歌劇という性格上、ストーリーがあって、長時間にわたる演目です。せいぜい4〜5分の短時間に歌い切る形式のいわゆる流行歌のかたちで庶民の口で歌われる歌が世俗音楽の代名詞になったのは、遠い昔から流行歌はあったとはいえ、おそらく19世紀あたりから20世紀、そして21世紀の時代であります。20世紀以降の世俗音楽の隆盛はまさに驚異的と言ってよいでしょう。そこには、ラジオ、レコード、様々な音楽機器の発明が、世界的な音楽現象を作り出したという背景があります。フランスではシャンソン、イタリアではカンツォーネ、英米ではポップス、日本では演歌など、各国で呼び方は様々ですが、要するに、世俗の音楽、庶民の音楽であることに変わりはありません。

シャンソンはフランス人の魂

エディット・ピアフの「愛の讃歌」※1という曲を聞いたことのある人は多いでしょう。知らなくても、聞こえてくると、あの歌かとすぐに分かるはずです。「青い空が落ちてきても、地球が崩壊しても、そんなことは問題ではない。なぜなら、あなたが私を愛してくれているのですから」と激しく愛を歌い上げるピアフの曲は、間違いなく、シャンソンの代表格です。「水に流して」「薔薇色の人生」など多くのヒット曲がありますが、よく聴くと、ピアフの歌は、彼女の声調の所為(せい)もあって、哀愁感の漂う曲が多いのです。彼女の生い立ちは苦難に満ちたものでした。家庭の幸せに誰よりも飢えていたピアフであったと思われますが、世間並みの家庭的な幸せは彼女には無縁でした。しかし、彼女の歌手としての名声はうなぎのぼりで、歌こそが彼女の人生そのものであったと言わざるを得ません。しばしば、家庭生活と芸術生活が比例関係ではなく、反比例関係で幸不幸を作り上げていくという不条理が見られます。「愛の讃歌」をあれほど強く歌い上げるピアフの歌唱の力は、本当の愛の幸せをつかみたいという願望によって歌い上げられたものかもしれません。

イヴ・モンタンの「枯葉」、シャルル・トレネの「ラ・メール」※2など、味わいのある曲を聴かせる男性シャンソン歌手も大勢います。フランス独特のエスプリがシャンソンの中には渦巻いているように思われます。シャンソンはフランス人の魂です。

カンツォーネの伸びやかな響き

イタリアは、正真正銘の歌の国です。歌を歌わせたら、朗々たる響きで歌い上げるイタリア人に勝る者はいないほどですから、カンツォーネの魅力も中途半端なものではありません。宴会などで、「オー、ソレ、ミオ」を見事に歌い上げる仕事仲間などを見ると、座がシーンとなって聴き入るということがよくあり、そのように非常に聴かせる歌が多いのです。例えば、ルチアーノ・タヨーリの「アル・ディ・ラ」※3は、エミリオ・ペリコーリがカバーして、世界的なヒット曲になったものですが、「この世にある美しい向こうに、太陽の輝きよりも眩(まぶ)しい君がいる」と歌い上げる曲にうっとりと聴き惚れる人は多いのではないでしょうか。

タヨーリのひとつ前の世代のイタリア人歌手で名声を博した人物にカルロ・ブティがいます。1500曲あまりを歌ったその旺盛な音楽人生は賞賛に値しますが、たとえば、「ラ・ロマニーナ(ローマの少女)」※4という曲などを聴きますと、カンツォーネの一つの特徴がよく表れています。イタリアの陽気な南国的な明るさ、男女の愛を歌い上げる典型的な世俗音楽の感情表現、とにかく、イタリア人は陽気なのです。あまり深刻になりたくないというのが人生哲学の根本にあるのでしょうか。

60年代から70年代にかけて、活躍した女性歌手にジリオラ・チンクェッティがいます。少しこもった声ながら、情感たっぷりと歌い上げるその歌には魅力を感じさせるものがあります。彼女の「ディオ・コメ・ティ・アモ(愛は限りなく)」※5はサンレモ音楽祭で優勝した名曲ですが、切々と歌う歌詞の意味が迫ってきます。「愛は喜び、愛は悲しみ、燕(つばめ)のように自由に空へ、それが愛なの、愛こそすべて」と歌うその歌声は、おそらく、イタリア人のみならず、全ての人が願う家族の愛と平和への讃歌であると言ってよいでしょう。

文中で紹介されている曲は以下のサイトから聴くことができます。
 (クリックすると、別ウインドウまたはタブで外部サイトが開きます。)

  1. エディット・ピアフ 『愛の賛歌』
    Edith Piaf - Hymne a l'amour (1950)
     http://www.youtube.com/watch?v=KTuYeEtSQ5M

     ※2013/2/19.機関誌掲載時のリンク先が参照できなくなったため、URLを変更しました。
  2. シャルル・トレネ 『ラ・メール 』
    Charles Trenet - La Mer
     http://www.youtube.com/watch?v=fztkUuunI7g
  3. ルチアーノ・タヨーリ 『アル・ディ・ラ』
    Luciano Tajoli vince il Festival di Sanremo con Al di la`
     http://www.youtube.com/watch?v=zN5ObLGgxAs

     ※2013/7/25.機関誌掲載時のリンク先が参照できなくなったため、URLを変更しました。
  4. カルロ・ブティ 『ラ・ロマニーナ』
    La Romanina - Carlo Buti w/Translation
     http://www.youtube.com/watch?v=xnzEVCVBp94
  5. ジリオラ・チンクェッティ 『ディオ・コメ・ティ・アモ』
    GIGLIOLA CINQUETTI - DIO COME TI AMO(legendado)
     http://www.youtube.com/watch?v=M0XbolsmHqA