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世界の音楽と家庭[3]

音楽評論家 吉川 鶴生

古典派3人の深い因縁

ハイドンとモーツァルト

18世紀中葉から19世紀初頭を飾る古典派音楽は、オーストリアのウィーンを中心として隆盛を極めました。ハイドンとモーツァルトは非常に対照的な個性を持ちながら、二人の友情は深く、お互いに敬愛の情を抱いていました。

モーツァルトは早熟の天才、ハイドンは晩成型の大器といった違い、また、繊細なモーツァルトと大らかなハイドンというようなその音楽性の違いは際立っています。にもかかわらず、二人の親交は有名で、モーツァルトの遺児であるカールが音楽の道を目指そうとしたとき、いろいろと面倒を見たのが優しい心の持ち主のハイドンです。

ハイドンは生涯で108曲の交響曲を書くなど、まさに「交響曲の父」と呼ばれるに相応しい交響曲の名手でした。オラトリオ(聖譚曲)であるハイドンの有名な『天地創造』※1などを聴いていますと、伸びやかで壮大な曲調が迫ってきます。

一方、モーツァルトの有名な『交響曲第40番』※2を聴くと、ハイドンのものとは大きく異なる調べであり、繊細優美、流麗無比の流れるような女性美の輝きが感じられます。お互いにないものを持っていたハイドンとモーツァルトであったからこそ深い友情で結ばれていたのかもしれません。評論家の小林秀雄がその名著『モーツァルト』の中で「モーツァルトの音楽には心が耳と化して聞き入らねば、ついて行けぬようなニュアンスの細やかさがある。ひとたびこの内的な感覚を呼び覚まされ、魂の揺らぐのを覚えた者は、もうモーツァルトを離れられぬ」と書いていますが、小林秀雄もモーツァルト音楽に魅せられた者の一人でした。

モーツァルトは妻コンスタンツェとの間に四男二女をもうけましたが、二人の男の子が生き残っただけでした。その当時は幼児の生存率が非常に低い時代でもありました。オペラでは『魔笛』※3など、不動の名声を誇る作品を書いていますが、35歳という早逝は余りにも惜しまれる天才の死であったと言わざるを得ません。

運命に立ち向かうベートーヴェン

ベートーヴェン肖像画
Ludwig van Beethoven
肖像画 (1820)

ベートーヴェンの生まれた家庭は、父も母も宮廷歌手という家柄であったので、当然、音楽的環境が備わっておりました。しかし、母の死と父の失職という逆境の中で、父と兄弟たちを養っていかざるを得ない辛い人生を若くして負うという運命を余儀なくされました。ベートーヴェンもまた、ハイドンとの接点を持った音楽家の一人であり、1792年22歳の時、ハイドンのところへ弟子入りしています。古典派音楽の3人、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンは深い因縁で結ばれていたのかもしれません。

ベートーヴェンの人生最大の試練は難聴、そして失聴という音楽家に致命的な肉体上の障害です。20代半ばにして耳が難聴に陥るという事態は、彼を自殺の淵にまで追い込んだ深刻な病でありました。40歳の頃には完全に音のない失聴世界に彼はいたのです。にもかかわらず、その過酷な運命を克服してベートーヴェンは曲作りに没頭しました。失聴してからの作品に多くの名作があることには驚かされます。

彼の人生を考えれば、起伏の激しい運命のいたずらにも負けず、疾風怒濤の如く突き進んだ生き様でありますから、その音楽からは喜び、悲しみ、悲哀、落胆、希望、前進、あらゆる感情のうねりが伝わってきます。『交響曲第9番』※4の雄壮な調べ、希望と歓喜へ向かって人生の苦悩を突き破っていく壮麗な曲調に聴き入ると、生きる希望が沸々と湧き上がってくるのを感じざるを得ません。ベートーヴェンの三大ピアノソナタは余りにもよく知られていますが、『第8番悲愴』※5『第14番月光』※6『第23番熱情』※7のそれぞれが、感情豊かな表現のピアノ作品になっています。このような豊かな感情表現は、次のロマン派音楽の扉を開く先駆的な役割をベートーヴェンが担ったとも言えます。

フランス革命と古典派音楽

1789年のフランス革命によるヨーロッパの激動が、古典派音楽に少なからぬ影響を残しました。ハイドンもベートーヴェンもフランス革命の時代を生き抜いた作曲家たちですが、例えば、ウィーンがナポレオンに占領された1809年、その時に作曲されたのが、ベートーヴェンの『ピアノ協奏曲第5番』(『皇帝』)※8です。『皇帝』の名称が与えられているのが、ナポレオンを意味しているかどうかはっきりしませんが、とにかく、古典派の時代が感情の起伏を引き起こしていた時代であるのは確かなようです。

文中で紹介されている曲は以下のサイトから聴くことができます。
 (クリックすると、別ウインドウまたはタブで外部サイトが開きます。)

  1. フランツ・ヨーゼフ・ハイドン オラトリオ『天地創造』 Hob.xxI-2
    Haydn: Die Schopfung - Harnoncourt/CMW(2010Live)
     http://www.youtube.com/watch?v=B42kFiPBy6Y
  2. ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト 交響曲第40番 ト短調 K.550 第1楽章
    Mozart Symphony #40 in G Minor, K 550 - 1. Molto Allegro
     http://www.youtube.com/watch?v=-hJf4ZffkoI
  3. ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト オペラ『魔笛』 K. 620
    WOLFGANG AMADEUS MOZART - THE MAGIC FLUTE complete
     http://www.youtube.com/watch?v=b11ElH3qm2M

     ※2013/6/20.機関誌掲載時のリンク先が削除されたため、URLを変更しました。
  4. ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 「合唱付き」 作品125
    Symphony No. 9 - Beethoven
     http://www.youtube.com/watch?v=t3217H8JppI
  5. ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン ピアノソナタ第8番 ハ短調作品13 『大ソナタ悲愴』 第1−2楽章
    Maurizio Pollini plays Beethoven: Sonata op.13 no.8 'Pathetique' (1/2) (Lucerne 2012)
     http://www.youtube.com/watch?v=r5sH8JFdDjA
  6. ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン ピアノソナタ第14番 嬰ハ短調 「月光」 作品27の2『幻想曲風に』
    Beethoven - Moonlight Sonata (FULL) - Piano Sonata No. 14
     http://www.youtube.com/watch?v=4Tr0otuiQuU
  7. ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン ピアノソナタ第23番 ヘ短調 「熱情」 作品57
    Beethoven - Piano Sonata no 23 - Op. 57 - Appassionata (Backhaus)
     http://www.youtube.com/watch?v=wEXS3u64Yco
  8. ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 「皇帝」 作品73
    Zimerman -Beirnstein play Beethoven 5th concerto(complete)
     http://www.youtube.com/watch?v=zYl6iI4l9gA