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福祉のこころ(4)

社会福祉士、精神保健福祉士 吉山 みき

とり戻せた家族の絆

ある日、スタッフから、わがままな患者さんYさんのことで困っているとソーシャルワーカーに相談がありました。

Yさんは、現役時代は貿易会社を立ち上げ、東南アジア方面への海外出張が多かったという72歳。同期生には多くの著名人がおり、家族は娘二人で、妻とは40代に離婚の状態。

「通院していたのだから薬を出してくれ、患者がこんなに苦しんでいるのに薬が出せないのか」、「タクシーの運転手が自分の代わりに薬を取りにいくから」などと怒鳴りまくり、理屈っぽい口調で、何度も電話をかけてくるのでした。

現在は本人が診察を受けないと、基本的に薬の処方はできないのですが、電話口で事務員が何回説明しても聞き入れません。そこで、主治医に確認すると、「この人は飲酒を抑え、生活習慣を改めれば、肝臓機能も血圧も落ち着いてくるのに……。それと、処方した薬をちゃんと飲んでいない。患者としてのコンプライアンスが守られていないよ」とのことでした。

それから数ヶ月後、Yさんは、力が入らなく歩くことができない状態で救急搬送され入院しました。少し回復すると、自分が思うように動けないのでナースコールを頻回押し、看護師が「どうされました? 五分後に来ますからね」と伝えても、コールは続きます。

そこで私が、今後のことについて退院先や家族関係などの調整を含めてYさんと面談することになりました。学生時代の友達や、仕事を通して社会貢献してきた話など伺ったあと、家族について尋ねると、彼は語り始めました。

「連絡先を知っているのは長女だけかな。あいつは自分に似ているんだよ。でもずっと会ってない。……自分の稼ぎはまあまあだったから、子供たちには不自由かけなかったと思うけど。でも駄目だよ、全く会いに来ないなんて! 病院から連絡したって来ないと思うよ!」

その後、娘さんに連絡しましたが、面会には来られません。さらに元妻から長いお手紙が私に届きました。文面には、いかに悪い父親であり、悪い夫であり、どうしようもない身勝手な人間であるかを伝える内容でした。

それから、その家族の思いを酌みながら、再度、長女にお電話をしました。生死に関わる病院においての身元保証人(家族や後見人)というものの大切さを……。電話の向こうにいる娘さんからは、父親に会うことを決心して下さったように感じとれました。

いよいよ、遠方から娘さんが来院される日がきました。家族は果たして来られるのか、本人と面会したいのかも分からないので、応接室でお会いしようと思っていました。すると、そこには、娘さんと一緒に元妻の姿がありました。

私は、お手紙の内容に留意しながら二人のお話をゆっくりと伺いました。そして、まず、私だけがYさんの病室を訪ね、「ほら、やっぱり、あなたに一番似ている長女さんは来られましたよ」と告げました。すると、Yさんの目には涙が光っていました。

そこで、この父親の姿を今度はご家族にお伝えしました。娘さんは、「しょうがないわねー。会いにいきましょう」と応えてくれました。再会した長女は「お父さん……。何、やってるの」と声をかけて下さいました。

私はすぐその病室を去りました。しばらくしてから退院後の生活について、本人、家族、看護師、ケアマネージャー、そしてソーシャルワーカーとで話し合い、在宅介護サービスを利用していくことになり、Yさんはマンションでの気ままな一人暮らしに戻ることになりました。

ところが、その後、担当のケアマネージャーと娘さんは連絡をとりながら、数か月後には、長女の自宅近くの介護付施設に入所されました。

私は、あとからその話を聞き、このご家族が何か大切なものを取りもどすことができたように思い、心に熱いものを感じました。