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世界の音楽と家庭 [5]

音楽評論家 吉川 鶴生

動乱の世紀に秀麗な作品

宗教音楽とインスピレーション

宗教音楽は一般的に啓示性が高いと言われることがありますが、それはともかくとして、例えば、ヘンデルの「メサイア」※1は大曲であるにもかかわらず、一気呵成(かせい)に24日間で書き上げたという話からすれば、ほぼ神がかり的になって書いたのは事実であろうかと思います。「メサイア」の第2部最終曲に有名な「ハレルヤ」※2があります。この曲が英国の王を深く感動させたことは語り草になっていますが、いつ聴いても天まで届く壮麗な響きには圧倒されます。宗教音楽の精髄であると言えます。

家庭生活という観点から言えば、ヘンデルは生涯を独身で過ごしましたから、家庭には縁がありませんでした。しかし、その分、神とイエスを崇拝する信仰がヘンデルにとっては慰めであり、信仰の世界に家庭生活のような安らぎを覚えたのかもしれません。

ドイツ生まれであるにもかかわらず、余程、イギリスが心地よかったと見えて、イギリスに帰化したヘンデルですが、18世紀英国のメソジスト派のキリスト教復興運動などとヘンデルの「メサイア」が不思議にも時代的に一致し、繋(つな)がってくるのは偶然でないように思われます。

今日でもほとんどの英国人はヘンデルに対する誇らしい気持ちと尊敬心を強く抱いています。ヘンデルのオペラ『セルセ』からよく聴かれる「オンブラ・マイ・フ」※3はその優雅な調べで世界的にも人気が高く、多くの歌手たちが競うように歌っています。

ロマン派音楽の19世紀

ベートーベンは古典派音楽の締めくくりであると同時にロマン派音楽の始まりであるとはよく言われてきた論評ですが、19世紀が「ロマン派」と呼ばれる時代性を音楽のみならず芸術、文芸全般に及ぼしている事実には、興味深いものがあります。

動乱と革命の世紀といった時代風潮が欧州を包み込んでいましたから、芸術も自我の主張が強くなり、感情の起伏も大きく、恋愛感情的なロマンティシズムが芸術家たちを襲います。したがって、彼らの家庭生活も波乱含みの様相を呈する傾向が著しく、また、短い命で人生を閉じる芸術家たちの姿が少なからず見られる一方、その音楽は人間の感情と感覚に強く訴える秀麗な作品が多いのも事実です。

ショパン肖像画
Fryderyk Franciszek Chopin
肖像画 (1835)

ロマン派の代表格であるショパンが好きだという人は非常に多いのですが、彼の作品を聴けば、なるほどと頷(うなず)けるものばかりです。美しいお花畑を散策するような華麗な響きを持った音楽、人の悲しみを催すような悲哀の音響を奏でる作品群、しかし、突然、激しく革命でも起こすのかといった熱情的な音楽が存在するなど、まさに、ショパンの音楽には「花畑の中に大砲が隠されている」と評したシューマンの言葉通り、激しさが潜んでいます。

これは祖国ポーランドへのショパンの愛国心の表れであり、ロシアなどの列強に踏みにじられた母国への深い憂国の心情です。「革命」エチュード※4に見られる激情はロシアへの憎しみ、ポーランドへの愛の奔流そのものです。

しかし、同じ祖国愛を全く違う美しい調べで「別れの曲」※5として作曲しているのもまたショパンであります。

ショパンと親交のあったリストもピアノの名手ですが、その超絶技巧的なピアノ演奏は多くの人々を感嘆させました。ハンガリー狂詩曲第2番※6一つを聴いただけでも、ピアノの世界に一つの高みを作り上げた功績は否定できません。

しかし、リストの恋愛の多さはまさにロマン派そのものでした。ショパンやリストに見られるように、ロマン派音楽はしばしばピアノ作品の傑作が多いのですが、これは「一人で自由に表現できる」というところが自己主張の強いロマン派の作曲家にフィットしていたと見ることができます。

メンデルスゾーンと彼の家庭

ロマン派の中でも、保守的で安定した家庭を持っており、かつ、自らも安定的な家庭を築き上げていた作曲家はおそらくメンデルスゾーンでしょう。ユダヤ人の家庭であったことが、家庭を大切にするユダヤ的家風の中で音楽の才能を早熟の天才児として開花させたメンデルスゾーンということになりますが、彼自身、妻セシルとの間に5人の子供を儲(もう)けており、それぞれの子供が立派な人物として社会的な活躍をしています。そういう彼の音楽は、ロマン派らしくない古典派の音楽のようだといった評も聞かれますが、「夏の夜の夢・序曲」※7などは爽快な躍動感によって、紛れもないロマン派音楽の代表作です。

文中で紹介されている曲は以下のサイトから聴くことができます。
 (クリックすると、別ウインドウまたはタブで外部サイトが開きます。)

  1. ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル オラトリオ『メサイア』 HWV56
    Handel: Messiah - Koopman/NYP(2008Live)
     http://www.youtube.com/watch?v=4uJWDUdhCzc
  2. ヘンデル 『メサイア』 第2部最終曲 「ハレルヤ」
    Handel Messiah - Hallelujah Chorus
     http://www.youtube.com/watch?v=usfiAsWR4qU

     ※2013/5/21.機関誌掲載時のリンク先が参照できなくなったため、URLを変更しました。
  3. ヘンデル オペラ『セルセ』第1幕第1場中のアリア 「オンブラ・マイ・フ」
    Ombra Mai Fu - Malena Ernman (+lyrics)
     http://www.youtube.com/watch?v=ggR46FHncoc
  4. フレデリック・ショパン 練習曲ハ短調作品10-12 「革命のエチュード」
    Chopin Revolutionary Etude op 10 no 12
     http://www.youtube.com/watch?v=Mk1JQk90UbY
  5. フレデリック・ショパン 練習曲ホ長調作品10-3 「別れの曲」
    Chopin-Etude no. 3 in E major, Op. 10 no. 3, "Tristesse"
     http://www.youtube.com/watch?v=EmQBFLJAIcY
  6. フランツ・リスト ハンガリー狂詩曲第2番 嬰ハ短調
    Valentina Lisitsa plays Liszt's Hungarian Rhapsody No. 2
     http://www.youtube.com/watch?v=LdH1hSWGFGU
  7. フェリックス・メンデルスゾーン 『夏の夜の夢』序曲 ホ長調 作品21
    Mendelssohn - A Midsummer Night's Dream: Overture (Abbado)
     http://www.youtube.com/watch?v=m0gHTNJVFtA