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福祉のこころ(5)

看護師 上原 利恵

退院支援で学んだ家庭の大切さ

世界保健機関の2000年の報告で、精神障害や神経障害を有する人は4四億人。また、世界中で毎年2千万人が自殺を企図し、百万人が死亡。わが国でも自殺者が年間3万人と、1日に80名以上の人が自ら命を断っています。

私は、精神科の社会復帰病棟で勤務する看護師です。入院は必要ないが、帰る場所がないという、いわゆる「社会的入院」の人たちを含め、退院促進に向け社会に出てその人らしく生活することができるよう支援しています。

この社会復帰病棟は、精神症状(滅裂言動・逸脱行為・衝動行為・幻覚・妄想等々)が落ち着いている方の病棟で、1人の患者さんに対し看護師1名と介護職員1名が担当になり、看護・介護を行っています。

その患者さんが「退院したい」と希望をしている場合は、退院に向けてカンファレンスを行い、暮らしていく上での必要な社会生活技能や社会サービス等について話し合います。

カンファレンスでは、当事者も参加して本人の意思を尊重しています。長期に入院している方は退院したいという思いがあっても、多分に不安が多く、容易に先に進めなかったり、地域住民による精神障害者への偏見や、家族が受け入れてくれなかったりなどの現実もあるため、「帰るところがない」のです。

60歳の男性で、10年以上精神科病院に暴力行為を伴う統合失調症で入院されていたAさんは、今は病棟ではもの静かで、臥床(がしょう)していることが多い方でした。こちらの病棟に移られたので、退院のことを聞いてみました。

患者さんの気持ちを大切にしたいと考え、主治医からの連絡で家族(妻、子供)との話し合いが始まりました。Aさんとしては、家族と一緒に暮らしたいと思っていたのですが、家族としては、自分たちとの同居は難しく、できればこのまま入院していてほしいとのことでした。

その後の何度かの話し合いでも、家族としてはAさんの退院は認めるが、自分たち家族には会いに来ないでほしいとのことでした。Aさんは、とても寂しい表情でしたが「退院したい」という気持ちが強かったため、一人暮らしに向けての退院支援を開始することになりました。そこで、病棟スタッフ、OT(作業療法士)、PSW(精神保健福祉士)、主治医、そして、本人を含めて話し合いがなされ、次の4つのことが合意されました。

①体力や生活リズムをつけるために、身の回りの整理や洗濯を行ったり、院内の作業療法に参加する②入院中に薬の自己管理を1日分から始め、徐々に増やしていく。お金の管理も1週間分から始め、金額を設定し開始する③退院後の活動場所を見つけていくには地域との連携が必要となってくるので、行政のソーシャル・ワーカーとのコンタクトが不可欠であること。そして日中の活動場所として、精神科デイケアを利用するには、入院中に見学や参加をして慣れていく④退院先を見つけるために、病棟スタッと一緒にアパートを探しに行く。場所が決定した後は生活用品などを一緒に選びに行く。

Aさんは、その後退院。入院しているときには見せなかった明るい表情に戻り、精神科デイケアに通所しながら社会生活を送っています。

先日、本人に声をかけてみると、「家族とは一緒に住めなかったけど退院してよかったよ」と嬉しそうでした。Aさんがなぜ暴力行為をするようになったのか定かではありませんが、その方の育ってきた背景、社会に働きに出てからの環境、ご自身がもつ個人因子等々、複雑に人格に影響をもたらしたのだと思います。

精神保健分野で働く者として、殆どの人が、初めに出会う社会が家庭であると考えるとき、家庭環境の大切さというものを強く教えられています。