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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

日本人の心をひきつけるアジサイを愛で、スイカの香りを漂わす鮎に思いは故郷の清流に

6月……。「梅雨という五つ目の季節は、煙る雨の中に盛んな命の営みを感じる季節でもある」(「天声人語」平成11年6月18日付)。朝日新聞コラムは「日本は四季の国ではない。梅雨という雨期のある五季の国だ」という俳人の宇多喜代子さんの説を紹介していた。

少し嫌だなと思うイメージの方が強い梅雨だが、梅が熟する頃の雨だから「梅雨」だとの解説もある。たしかに、じめじめとした湿気(しっけ)の中で、食べ物はカビたり腐りやすくなる季節となるが、それも梅が熟すのも「盛んな命の営み」である。

この季節、花の代表はアジサイだ。梅雨に打たれて生き生きするアジサイの七変化(へんげ)は、サクラとともに日本人の心をひきつける。日本原産のアジサイを西洋に広めたのは幕末に来日したドイツ人医師シーボルトだが、彼は愛人の「お滝さん」からとって「オタクサ」と和名を変更した。のちに、このことを植物学者の牧野富太郎博士は、花の神聖を涜(けが)したと口を極めてシーボルト批判をしたと言う。それほど愛(いと)しい花だと思って見ると、アジサイの多彩な印象もいつもの年とは違って不思議さが広がるかもしれない。

話はいきなり変わるが、6月を鮎の月と呼んだ獅子文六の著書「食味歳時記」には「どこの鮎が一番ウマいかという問題は、結局お国自慢に終わるのだけど」とある。そのお国自慢になってしまうと身も蓋もないが、私が生まれてから高校まで過ごした岐阜市は鮎の名産地で知られる。

鮎

鵜を操って清流長良川の鮎を捕る鵜飼は、芭蕉の句「おもしろうて やがて悲しき 鵜舟哉」で知られ5月に始まるが、鮎釣りの解禁は6月。今から思うと実にもったいない話だが、弟が鮎釣りなどの名人だったので、この季節になるといつでも鮎を捕ってきた。ところが、私は当時、生臭さがイヤで魚全般を嫌い鮎も同じと思い込んでいたから食卓に出ても全く食べなかった。

川魚の女王、香魚と言われる鮎は普通の魚とは大違い。生臭いわけはなく、むしろスイカの香りが漂い塩焼きが淡白な美味と知ったのは岐阜を出てからのことである。たまに帰省して食べた長良川の鮎は、宮内庁職員の鵜匠が鵜飼で捕り皇室に献上する鮎と同じ鮎。この鮎が特段に美味いのは言うまでもない。ああ、あの頃に魚嫌いを言わずに食べておけばよかったと思うこの頃である。

〈ふるさとはよし夕月と鮎(あゆ)の香と〉桂信子