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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

猛暑でも心頭滅却すれば火もまた涼し — とばかりに涼しげな美しい花を咲かせる木槿

うなぎを食べて暑さを乗り切る謂われの7月22日の土用の丑(うし)、暦(二十四節気)の上では暑さがいよいよ盛りとなる翌23日から8月6日の大暑のあと、7日からは立秋。秋立つ日からは、朝夕何とはなしに秋の気配が感じられるというのだが、実際には最も暑い時期はいつ果てるのかと思うほど衰えを感じさせない。

昨年は3年続きの猛暑の夏だった。9月下旬の秋分を過ぎてもなお暑さが残り閉口したが、今年も関東地方は平年より15日早い梅雨明けとなった翌日の七夕に、早くも今年最初の猛暑日(気温35度以上)となった。熱中症で救急搬送された人はすでに梅雨の間から始まり、この日は全国で859人を数えたが、立秋を過ぎても相次ぎそう。今年も4年続きの猛暑の夏突入である。

人も犬も猫もへたれるこの時期に、暑さをものともしないでてかてかつるつるの木肌と紅い花を百日以上も咲かせて元気一杯を見せつける百日紅(さるすべり)のことは前に触れたことがある。今回はこの暑さの中に、まるで心頭滅却すれば火もまた涼し—とばかりに涼しげな白や紫、ピンクなどの美しい花を咲かせる木槿(むくげ)について。

もともと日本では、朝顔というのはキキョウや槿のことであった。朝に花を開き夕べに閉じる花の名称としていたから。一方で夏に可憐な花を咲かせる今の朝顔は、花よりも種子を薬用として重宝し、遣唐使の時代に中国からきた。朝顔の種は古代中国では、牛と交換されるほどの高価薬で、種は牽牛子(けにごし)、花は牽牛花(けんぎゅうか)と呼ばれて、日本で朝顔に仲間入り。それが今は牽牛花が朝顔となったのである。

木槿

というわけで元祖・朝顔のひとつだった木槿は韓国では無窮花(ムグンファ)と言い、国花である。アオイ科の落葉低木で、ホウキを逆さに立てたような樹形につける15センチほどの花は、朝に花を開き、夕方には萎(しぼ)む。咲くのは数日というから儚(はかな)い。花びらは少し離れて見ると、コスモスのような乾いた感じで涼しげ。一見、絞った薄紙で拵(こしら)えた造花かと思うほどの別世界の幽玄な美しさをたたえる。

私が今、はまっている佐伯泰英の時代小説「居眠り磐音(いわね)江戸双紙」(双葉文庫)シリーズ42回のタイトルは「木槿の賦(ふ)」。天明3年(1783)浅間山噴火のあとの江戸の夏、ちょうど今ごろの物語で、木槿の白い花が随所に出てくる。

こんな一節も。「そんな一家の様子を木槿の花が見下ろしていた。/木槿の花は朝(あした)に咲き、夕べに花びらを閉じる。一日だけを生きるためにこの世に生まれる花だった」と。